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@なかさだの「終わり良ければすべて良し」 All's Well That Ends Well by @nakasada

日常の生活や気になるニュース、趣味のゴルフ、カメラの日記、つぶやきです。サブログhttp://nakasadaxnobel.hatenablog.com/

全国的に梅雨入りですが

 

どうも、なかさだです。

 

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近畿も東海も今日梅雨入りした模様ですが、関東甲信越は明日になりそうですね。

といっても、わたしの住んでいる東信地方は雨粒ひとつ落ちてきません。

先月もほとんど降らなかったような気がしますねえ。

もともと雨が降らない地域ではありますが、これだけ乾いていると農作物に影響が出そうな気がしますが、例年通りに梅雨入りすれば大丈夫な気もします。

 

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(まだ上田では咲いてませんww)

 

信州は雪国というイメージもあると思われますが、この辺はやたら乾燥していて晴天率も全国トップレベルです。冬は寒いだけです。

昨日は菅平では氷点下だったらしくて(旧真田町なので上田市街地からは遠い)普段なら雹が降っていたかもしれません。

ここのところ湿気が無いせいかボヤみたいな小さな火事が多いような気がします。

 

今日は、たまたま実家の母と話していて、真田丸の舞台でもある上田は雨は降らないし溜池が多いよねとか言っていたのですが、昔は貧乏だったんだよとか言われてちょっと驚きました。

自分の家が貧乏だったというわけではなくて、地域そのものが貧乏だったという話だったんですが、昔の農村の話は信じられないようなことも多かったです。

 

雨が降らない地域ということは、お米の収穫にとっては大問題だと思うんですが、昔は食べるものもなかったので何でも食べていたという母の告白には驚きました。

農家でお米を作っても自分の家で食べる最低限の量は残して、全部売っていたので冬は食べるものがなかったらしい。

というか、過去にそんな話はしたことがなかったのに今日に限って何でだろうとは思いましたけどね。

 

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わたしが子供の頃にニセアカシアの花を取ってこいと母に言われたことがあって、(30年以上前の話ですが)取った花は天ぷらで食べました。

その記憶は今でもあるのですが、ネットで調べるとアカシアの花を食べるのは東信地方だけという結果で驚きましたw

というか、その時も、食べてたのはうちだけだったんだよね....。

ニラせんべいは長野県では、普通に食べているみたいなので安心しましたけどねw

 

わたしは蜂の子を今までに食べたことがないと思っていたのですが、どうも幼少の頃には食卓に上っていたようで、ショックでした。イナゴは食べてた記憶があるので何とも思わなかったですけど。

 

今日聞いた話によると昭和10~20年代後半の生まれの人たちくらいから劇的に食生活が変化したようで、主観ですが、わたしの世代くらいから今のような洋食中心の食生活に移行したような感じでした。

母はカイコも食べたことはあるけど、あれだけはマズかったと言ってました。

(ちなみにセミは食ったことがないそうだ)

 

実家が農家だったので牛やヤギの乳もよく飲んだとか、どんなに食料がなくても鶏とアンゴラウサギだけは食べなかったとか笑っちゃうような話が多かったです。

テレビは昭和30年代後半、冷蔵庫も普及したのは昭和40年代はじめになるまでと無かったのが普通だったそうで、農村部は集落全体もそんな感じだったらしい。

 

イメージ的には、映画の「ALWAYS 3丁目の夕日」で見たような光景みたいな感じだが田舎なのでもっとワイルドというか、みんな貧乏だったので普通だったそうだ。

川でしじみとかフナやドジョウを採ってきたり、鳩や雀を食べたり野草や雑穀もよく食べたそうだ。おやきも今はお土産になってるけど、お米がなければ主食だったそうです。

 

行商が、たまにサンマを売りに来るとみんな争ってサンマを買っていたので、集落全体がサンマ臭くなったとか冷蔵庫がないので最初は塩焼きで食べ、保存状態が悪くなると味噌漬けとか塩のきいた粕漬けにして食べていたって、江戸時代の話かよとツッコミたくなるようでした。

おまけにあの頃の自分たちは、今の北朝鮮より貧乏だったかもしれないとか、みんなで言って盛り上がっているらしい。(昔の貧乏あるあるが楽しいそうだ)

おにぎりあるあるでは、コメより雑穀や麦が多いと(お米のように粘りがないので)おにぎりが握れないというのは初めて聞きました。

 

わたしには、子供の頃のそういう記憶がないし食卓にも無かったように思うので、母の世代は普通でも世代間のギャップが凄いなと思ったわ。

いくらオッサンでも、若いころに朝ご飯がパン食の人を見て憧れたとか流石にないわw

 

日本は豊かになったとか言われてますけど、たった2世代でこんなギャップです。

戦後になってからも農村部では昭和30年代が終わり、高度成長期に入るまで主要な産業もなく食生活は貧しかったそうです。

長野県が全国屈指の長寿県になれたのは冷蔵庫が普及して、それまでの保存対策で食料の味が濃かったものを医師の指導で減塩対策ができるようになったのが大きいそうです。

 

医療の進歩もありますが、こういう時代を乗り越えてきた、今の高齢者はそりゃ長生きしますよね。

母は(70代後半だが)今の若い人たちは食糧危機が起こったら困るだろうけど、わたしたちはそうやって育ってきたので、パニックにはならないと言ってました。

 

長野県でも東信地方は、自然が厳しかったのでそうならざるを得なかったみたいですけど、雨が降るか降らないかでずいぶん違うものだなと感じましたねえ。

周辺地区でも姥捨て伝説やら江戸時代は農村一揆が多かったみたいで、どこも不作だと酷かったみたいです。

昔は雨が降らなくてお米が不作な年が続くと娘を売ったという話も聞いたことがありますが、それに近いこともあったとか言ってたので驚かされました。

第二次大戦後の話ですよ。

 

今はそんなことはないですが、母の昔話を聞くと梅雨には確実に雨が降ってほしいものだと改めて感じさせられた日でしたね。

 

それでは、また。

 

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