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@なかさだの「終わり良ければすべて良し」 All's Well That Ends Well by @nakasada

日常の生活や気になるニュース、趣味のゴルフ、カメラの日記、つぶやきです。サブログhttp://nakasadaxnobel.hatenablog.com/

NHK大河ドラマ 『真田丸』 第22回 「裁定(さいてい)」感想-今週の真田丸 (6/5放送 ネタバレあり) 

BS・CS放送 テレビ ネットの話題 大河ドラマ 真田丸

 

どうも、なかさだです。

 

NHK大河ドラマ真田丸』第22回

「裁定(さいてい)」感想

-今週の真田丸 

 

ご当地大河ドラマだから見るだけでは、つまらんので記事にしています。

*毎週日曜日6時のBSの放映後に更新するので閲覧注意です。

 

 NHK公式フェイスブックページです。

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実況はこちら

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最近は6時のBS放送の早丸は見流していて、あまり集中して見ていないナカサダですが、このドラマは視聴者がサラッと見て分かりやすいかといえばそうでもない感じです。

というのも、わたし録画を集中して見ることのほうが増えたせいもあって、細かい演出とかに気付くことが増えたので、なおさらそう思いますね。

 

当初、このブログではBS放送を見たら8時の放送で、もう1度チェックして終わりにしてましたが大坂編からセリフが増えたこともあって、後日録画放送を見てから、セリフのまとめと感想を書くように変えてました。

 

しかし毎回見ていて思うのはカット割りが独特です。

あえてやっているとしか思えないしw

毎週の録画をよく見ると細かいネタが多いです。視聴者が気がつかないような場面にけっこうお金は使ってますよねw

でも、実は毎回5分でまとめられる内容なのは、下の動画を見れば分かることですしね。

今後、小田原城を攻めるシーンがあるのかは、今までの放送を見ていると微妙ですね。

ナレーションとシブサワコウ監修の3DCG映像で終わったら、ああ、またかと思いますが、今までどおりですけどねwww

 

mainichi.jp

 

 切腹のシーンまであるのか微妙だよな。

これだけ引っ張った小田原征伐織田信長武田勝頼のようにあっさりナレーションで終わったら、何なんだこの大河ドラマはと、みんなツッコむと思うわ。

 

放送前から、真田信繁が主役という時点でどんなドラマ構成になるのか興味があったけど、三谷脚本って?と感じることが多いわw

大河歴史ドラマだと思って放送を見なければ万事OKですがね。

 

個性派俳優揃いの顔芸満載の中途半端な ホームコメディ風創作歴史ドラマという感じ?は、表現としては間違っているかもしれんけど。

 しかし、NHK大河ドラマで、これをやってしまう三谷幸喜は案外豪胆な人だなと最近は見直していますよ。

 正直、今までの放送を見てきて、もっと戦国時代ならではというシーンをあえて作らないのは期待外れもいいところですけどね。もったいないわww

 これまでのところ評判が良いのは、視聴者みんなが、これは信繁の愛と青春のドラマというよりは、ツッコミどころ満載のネタドラマだと理解した上で見ているからだと思ってますよw

わたしの主観だけですけどね。

 

 

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地元情報です。

ueda-sanadamaru.com

 なんか誰かが上田城の茶店は高いとか言ってたけど、儲かってるんだろうなあw

ツアーのお客さんを見ていると観光バスの駐車時間は2時間程度なので、お越しの際は早く戻ってくださいねとか言われてそうですね。

 

NHKの公式ホームページです。

www.nhk.or.jp

 

 

真田丸 - 2NN 2ちゃんねるニュース速報+ナビ - 2ch News Navigator

今まで見ていなかった人もここでチェックすれば、丸わかりです。

 『真田丸』の舞台秘話! 男と城の“衝撃エピソード” - デイリーニュースオンライン

 

 

 

 まずは先週のおさらいから


5分で分かる真田丸~第21回「戦端」~

 

 

 

第21回「戦端」のあらすじ

 大坂編第8回

 秀吉(小日向文世)は嫡男・お捨てのために一刻も早く戦から退きたいがため、北条氏政高嶋政伸)に上洛を求める。その条件として沼田領を引き渡すよう迫る北条。そして自らの領地を勝手に交渉の道具にされ「戦も辞さぬ」と激怒する昌幸(草刈正雄)。信繁(堺雅人)は戦国を終わらせようとする秀吉とそれに抗う父の間では板挟みとなるのだった。

 

*ネタバレというか今回のあらすじです

http://mantan-web.jp/2016/06/05/20160604dog00m200031000c.html

 

俳優の堺雅人さんが主演を務めるNHK大河ドラマ真田丸」の5日放送の第22回「裁定」では、沼田城の所有をめぐる「沼田裁定」が描かれる。真田は、北条氏政高嶋政伸さん)の沼田城明け渡し要求を断固拒否。秀吉(小日向文世さん)が判事役となり、原告・北条、被告・真田の“戦国裁判”が開廷し、聚楽第(じゅらくてい)の大広間が“法廷”となる。

 「真田丸」は、堺さんが真田幸村の名でも知られている戦国時代の人気武将・信繁を演じており、戦国時代に信州の小さな領主のもとに生まれた信繁が、家族とともに知恵と勇気と努力で乱世を生き抜く姿を描いている。三谷幸喜さんが2004年放送の「新選組!」以来、12年ぶりに大河ドラマの脚本を手がけている。

 5月29日放送の第21回「戦端」は、秀吉が天下統一の総仕上げに乗り出すことになり、北条に上洛を促すが、北条は真田が沼田城を明け渡すことを条件にする……という展開だった。

 第22回「裁定」は、長い間、真田と北条との間で争われてきた“沼田問題”に決着を付ける戦国裁判劇が描かれる。北条は、そもそも沼田城を所有していたのは北条で、真田にかすめ取られたと主張。対する真田は、沼田は真田が織田から勝ち取ったと反論する。沼田裁定では、信繁(堺さん)が真田の代表として北条の重臣・板部岡江雪斎 (山西惇さん)に勝負を挑み、徳川方の証人・本多正信近藤正臣さん)も加わり、大論戦が繰り広げられる。

 見どころは“法廷ドラマ”のような展開だ。信繁と江雪斎が意見をぶつけ合い、それを楽しみながら眺める秀吉……とスリリングなドラマを楽しめる。

 「真田丸」はNHK総合で毎週日曜午後8時ほかで放送。

 

上記記事の引用

 

『真田丸』沼田裁定の幕開け! 判事役・秀吉が下す判決は…/2016年6月4日 - エンタメ - ニュース - クランクイン!

 

 第22話では、沼田城明け渡しを巡って、北条を上洛させたい秀吉を判事役に、原告・北条、被告・真田の戦国裁判劇の幕が上がる。信繁は真田の代表として弁舌と胆力の限り北条に勝負を挑む。

 徳川方の証人・本多正信近藤正臣)も加わり、一瞬の隙も許されない大論戦が展開。秀吉がいよいよ裁定を下す。武勇によって事を決する時代の終わりに昌幸の胸に去来するものは…。

 NHK大河ドラマ真田丸第22話はNHK BSプレミアムにて6月5日(日)18時、総合テレビにて20時放送。

 

 上記記事の引用

 

 

 まあ、予想通りの展開です。

どこまで歴史が進むのか楽しみではありますけど、今のペースだと終わられないぞww

 

www.nhk.or.jp

このスケジュール通りに撮影は進んでいるみたいですので、今後面白くなるのかそれとも期待外れなのかは脚本次第ですね。というか大丈夫なんだろうか、このドラマ。

 

 

参考に

小田原征伐 - Wikipedia

 

信玄が西上作戦の途上に急死した後、越後では謙信の死によって氏政の庶弟であり謙信の養子となっていた上杉景虎と、同じく養子で謙信の甥の上杉景勝の間で御館の乱が勃発する。勝頼は氏政の要請により北信濃まで出兵し両者の調停を試みるが、勝頼が撤兵した後に和睦は崩れ、上杉景勝が乱を制したことにより、武田家との同盟は手切となる。なお、武田勝頼上杉景勝甲越同盟を結んだ。天正8年(1580年)、氏政は氏直に家督を譲って江戸城に隠居したあとも、北条氏照北条氏邦など有力一門に対して宗家としての影響力を及ぼし、実質的当主として君臨していた。

武田氏との手切後、勝頼は常陸国の佐竹氏ら反北条勢力と同盟を結び対抗し、信長とも和睦を試みているが天正10年(1582年)に織田信長徳川家康は本格的な甲州征伐を開始し、後北条氏もこれに参加している。この戦いで武田氏は滅亡し、後北条氏上野駿河における武田方の諸城を攻略したものの戦後の恩賞は皆無であり、北条家は織田家へ不満を抱くようになる。

同年末の本能寺の変で信長が自刃した直後に織田家と断交し、織田家臣の滝川一益を敗退させた神流川の戦いを経て武田遺領の確保を目指した徳川家康との間に天正壬午の乱が勃発する。一時は東信濃を支配下に置いたが、武田遺臣の真田昌幸が離反する。後方に不安を抱えたままの合戦を嫌った後北条氏は、家康の娘・督姫を氏直の正室に迎え、武田遺領のうち後北条氏が上野、徳川氏が甲斐・信濃を実質領有することで講和の道を選んだ。しかし、徳川傘下となった真田昌幸は勢力範囲の一つ沼田の割譲が講和条件とされたことに激怒、徳川氏からも離反し上杉景勝を頼ることとなった。

後北条氏徳川氏との同盟締結によって、全軍を関東に集中できる状況を作りあげた。既に房総南部の里見家を事実上の従属下に置いていた北条氏は北関東に軍勢を集中させることとなった。

下野南部祇園城小山氏を滅ぼし唐沢山城佐野氏を乗っ取り、下野中央部宇都宮城宇都宮国綱を攻撃するが、国綱は常陸佐竹義重下総結城晴朝奥州白河小峰義親白河結城氏)らと同盟して独立を保ちつつ、居城を宇都宮城から要害地多気山多気城に移す。

宇都宮周辺部では壬生城および鹿沼城壬生義雄はもともと親北条であり、宇都宮家重臣で真岡城城主の芳賀高継も当初こそ主家に従い北条に抵抗するも天正17年(1589年)終にこれに屈し、那須一族とは主導的な盟約を結び、小田原開戦時点では下野の大半を勢力下に置いていた。さらに常陸南部にも進出し、奥州の伊達政宗と同盟を結ぶなど、一族の悲願である関東制圧は目前に迫った。しかし、追い詰められた佐竹義重、宇都宮国綱、佐野房綱らは秀吉に近づくこととなる。豊臣政権側としても、以前から後北条氏を警戒していたようである。

そんな最中、真田氏との領土紛争を起こした後北条氏は一旦は秀吉の仲裁によって、後北条氏沼田城を領有して紛争地域の大半を後北条領とする事で和解する事になった。その和解の条件として秀吉は氏政・氏直のどちらかの上洛を要求した(これは徳川家康島津義久義弘兄弟が豊臣政権に従った時にも条件の一つとして行われており、上洛以後は過去の敵対行為は一切不問とされている)。だが、後北条・真田双方ともその内部には仲裁案に不満を抱く者もおり、北条父子の上洛の話は実現しなかった。

代わりに板部岡江雪斎を使者として送り、一旦は氏政上洛という返事もあった。ところが、天正17年(1589年)11月、後北条方で沼田城猪俣範直による(真田氏の墳墓があったため、特に真田側の領有とされていた)名胡桃城占領と言う事態を迎える。これに対し秀吉は後北条氏惣無事令違反を非難して、その討伐令を全国の諸大名に通知した。範直の名胡桃城占領に関しては、範直の独断ではなく同時期に北条氏邦が宇都宮に侵攻していることから、暗に氏政の指示があったという説もあるが定かではない。同年12月13日、秀吉は宣戦布告の朱印状を以って陣触れを発した。

 

上記記事の引用

 誰かドラマを見て書き足してないかwそんなことないかww

 

真田昌幸 - Wikipedia

天正13年(1585年)冬、次男の信繁が上杉景勝の人質から、盟主である豊臣秀吉の人質として大坂に出仕し、昌幸は豊臣家に臣従した。

天正14年(1586年)には佐久に侵攻する。5月25日には北条氏直沼田城を攻撃されるが撃退した。7月には家康が昌幸征伐のために甲府に出陣する。しかし8月7日に秀吉の調停を受けて真田攻めを中止。その代わりに11月4日、秀吉の命令で昌幸は家康の与力大名となった[40]

天正15年(1587年)2月に上洛。3月18日に昌幸は小笠原貞慶とともに駿府で家康と会見し[41][42]、その後上坂して大坂で秀吉と謁見し、名実ともに豊臣家臣となった[40]。 なお、真田氏は上杉氏を介して豊臣大名化を遂げたのではなく、上杉氏には真田氏を豊臣大名化させる意志はなかったため、昌幸が独力で交渉窓口を切り開いた。有力な取次と関係を構築できなかったので、豊臣大名化が遅れた[43]

天正17年(1589年)には秀吉による沼田領問題の裁定が行われ、北条氏には利根川以東が割譲され昌幸は代替地として伊那郡箕輪領を得る。この頃、昌幸は在京していたが、11月には北条氏家臣の猪俣邦憲名胡桃城を攻め、これが惣無事令違反とみなされた[44]。この名胡桃城奪取事件の際、昌幸から同城代に任命されていた鈴木重則は昌幸に対して責任を取る形で自害した。この名胡桃城奪取事件は天正18年(1590年)の小田原征伐の原因となる[註 7]

小田原征伐に際しては、天正18年(1590年)1月8日に秀吉から3か条の条目を与えられている[45]。3月上旬には上杉景勝前田利家ら北陸の豊臣軍と共に北条領の上野に攻め入り、北条家重臣の大道寺政繁が守る松井田城を攻めた[45]。この小田原征伐の間、昌幸は秀吉・石田三成らと相互に情報交換を繰り返しており、松井田城包囲中に三成宛に「上野国中に悉く放火仕る」と報告している[45]。松井田城攻略後は上野における北条家の属城を次々と落とし、4月29日付の秀吉の昌幸宛書状では北条属城の攻略を受けてその仕置を命じられて、武器・兵糧・弾薬の没収を務めている[註 8]。以後、北陸軍は上野・武蔵など関東北部の北条属城を落としながら南下する[46]石田三成の指揮下で大谷吉継らと忍城攻めに加わったと伝えられ、浅野長政らと持田口攻めを担当したが甲斐姫らに撃退されたとされている。

北条家が降伏すると、家康は関東に移され、関東の周囲には豊臣系大名が配置されて家康の牽制を担った。昌幸は秀吉から旧領を安堵され、同じく家康牽制の一端を担った。昌幸は秀吉から家康の与力大名とされていたが、沼田問題で昌幸の在京期間が長期に及んで秀吉の信任を得る事になり、正式に豊臣系大名として取り立てられていた可能性が指摘されているが、それを示す直接的史料は無い[47]。なお安堵された領地の内、沼田領は嫡子の信幸に与えられ、信幸は家康配下の大名として昌幸の上田領から独立した[48]

 

第22回「裁定(さいてい)」

 

 午後6時からのBSプレミアム放送を見ながら書いていますので、シーンもセリフも漏れまくりですw

(後日、録画放送を見てから加筆訂正して更新しますよ)

 

 

沼田裁定

 

 真田家名代は真田源次郎信繁(真田昌幸の代理人、息子)

 

北条家名代は板部岡江雪斎北条氏政の代理人、家臣)

 

徳川家名代は本多正信徳川家康の代理人、証人)

 

傍聴人は豊臣秀次

 

判事 石田三成 片桐且元

 

裁判長 豊臣秀吉

 

 こんなところか、裁判ドラマって見たことないやw

 

前回の続きからかな?

沼田の真の主を定める「沼田裁定」が始まる

 

審議開始

まずは北条方板部岡江雪斎の主張

そもそも沼田城は上杉野のものであったところを

天正6年御館の乱の折に北条が奪い取った城でござる

沼田は元来北条の領地であった、以上!

 

それにつき真田の言い分は如何に?

 

次は信繁

確かにかつては北条のものでありましたが

天正8年城は武田の手に渡っております

以後織田に引き渡すまでの2年間沼田城は真田の支配でございました

何ゆえ北条殿がおのれの城と言いはるのか

全く解せませぬ!以上!

 

秀吉

面白い!

立ち上がり3人に歩み寄る秀吉

双方真っ向から言い分がぶつかっておる

そもそも沼田城を築いたのは誰じゃ?

 

片桐殿

慌てて沼田城の歴史を説明する片桐且元

 

長い!

 

騒動を収めたのが上杉謙信でございます 以上(秀吉怖い)

 

 

で何ゆえ皆この城にこだわる?

 

片桐殿

舌打ちする秀吉

 

2枚目の図で説明する且元

利根川と片品川の上の絶壁の上にあり天然の要害とも言えます

話を遮る秀吉

 

沼田が如何に大事な城かはよう分かった

自分の席に戻る秀吉

続けよ

 

江雪斎殿

最も大事なのはどっちが先に城を有していたか

とすれば北条であることは明々白々

 

続いて信繁

どちらが先がは意味のないことでございます

それを言うならば城は上杉に返さねば筋が通りませぬ

 

 

一本!

秀吉は北条氏を潰す気マンマンだなw

 

信繁の陳述

沼田はかつて上杉、北条、真田が三つ巴になって奪い合っていた城

そこへ織田が現れ横から城を奪いとった

大事なのは織田から誰が奪い返したかでござらぬか?

 

江雪斎

それならば我が北条である

上野、信濃から織田を追い払ったのは北条の軍勢じゃ!

実のところは本能寺の騒ぎに紛れてかすめ取っただけではござらぬか?

 

かすめ取ったではないか!

さらに言えば当時真田は織田家臣滝川一益の家来であった

つまり真田は主人の滝川殿を裏切り

沼田を騙しとったのです

 

違うか?

 

信繁

沼田城に関しては真田が己の力で勝ち取った城でございます

 

反論する信繁

仰る通り

騙し取りかすめ取り勝ち取りました!!

 

信繁の反論に思わず笑ってしまう秀吉

実に面白い、ただ少し疲れた

 

では、これより休憩とする

 

休憩

親父殿に会いに行く信繁

今のところ全くの互角じゃ

 

相手の誘いに乗ってしまいました

お前は正直に申しただけじゃ、気にするな

 

 

正しくあれはかすめ取って騙しとったのじゃ

まだ徳川は何も喋っておらん

どういう立場を取るつもりなのか、分かってきた

本多正信の出方次第じゃ

 

信繁を鼓舞する昌幸

 丹田呼吸する信繁に近寄る江雪斎

 

江雪斎

これは戦だと思うておる

戦は勝たなくては意味が無い

容赦はせんぞ

 

望むところ

 

こうして我らがやりあうことで真の戦をしないで済む

 

きりが現れる

中納言様~!!

お約束通り差し入れを持ってまいりました♥

何なんだこのでかいおにぎりは、しかも丸いし細かいな三谷

 

あなたのぶんも

なんだ、この冷遇っぷりw小さいおにぎりと言うか団子に見える

 

しかし案外物の分かった方かと思います(江雪斎の印象を聞かれて)

 

 

審議再会

お捨てをあやす秀吉

 

北条、真田両氏への徳川の沼田城密約問題を説明するように求められる本多正信

本多証人の証言を遮る江雪斎

 その件に関してはまずわたくしから、よろしいか?

(このポーズは何かのオマージュなのかw)

北条と徳川の間では戦が続いていたので、当方から和睦を申し入れ、当時配下だった真田の持ち城の沼田城を北条に引き渡すと取り決めたのでございます

 

家康の起請文を証拠として持ってまいりました

 

お借りいたす

証拠品を預かる且元

 

佐渡守殿それに間違いはないか?

 

おっ、おおむねは....

 

 真田側の言い分は如何に?

信繁

天正10年つまり同じ年に我が真田も

真田家も徳川家康の起請文を渡す徳川と盟約を結んでおります

このとき徳川は真田に対し沼田の安堵を約束しています

未来永劫沼田は真田のものと徳川様がおっしゃっています

その時の起請文です

 

証拠品を預かる且元

お借りいたす

 

 つまり徳川は真田と北条両方に沼田を渡すと約束してしまった、そういうことだな?

これではっきりしたではないか

どちらの起請文が効いているのか吟味すればいいではないか

秀吉の裁定は、両方に起請文を書いた家康の判断次第ってことで子どもと退席

 

この場を取り仕切ってみよ

秀次が(法廷)後を引き継ぐ

 

さて考え方の筋道は見えた

 つまり徳川が北条と真田に交わした約束どちらが、ああえら

 

江雪斎が秀次を遮って発言

徳川と真田は言わば主従でござる

両者の間にかわされた密約は親が子供にしたようなもので

我らが盟約は国と国とが定めたもの、重みが違う

どちらを重んずるかは自ずと明らかであろう!

 

信繁の反論

大名と大名の間にかわされた盟約も親と子が交わした約束も

重さに変わりはございません!先に交わした約束は違えてはならぬ

赤子にも分かる理屈であります!!

 

起請文の日付

北条がたの起請文は天正10年10月29日

真田がたの起請文の日付は天正10年9月28日

北条よりも1ヶ月先だったので

沼田が領土となったのは真田が先と信繁は主張

 

でも、論戦で負けそうな信繁

江雪斎

真田殿?ご自分の言っていることが分かっておいでか?

お主はこう申したのだぞ

(自分が言っていることの意味を分かって言っておるのだな?)

徳川三河守殿は真田との約束があるにも関わらず

赤子でも分かる理屈をないがしろにして再び北条と盟約を交わしたと

 

徳川殿は沼田を豊穣に譲り渡すとおっしゃられた

貴殿は徳川殿を嘘つき呼ばわりされるのか?

2枚舌の卑劣漢と罵るのか?

 

ちょっとピンチな信繁

そのようなつもりは(ございません)

 

反論できない信繁みなこの江雪斎の発言で凍りつく

ここで本多正信が助け舟を出す

はてさて、合点がいきませんな

我が主、三河守がそのようなことを言うはずがござらぬ

そもそも我が主には沼田を譲り渡す気はござらなんだ

 

なっ、何を言い出すのだ(まさかの本多正信の証言で動揺する江雪斎)

 

北条に伝えたのは奪い取るなら好きにせよ!ということ

 

譲り渡すとは言っていないということか?

 

奪い取るなら好きにせよでございます起請文にもそう書かれているはず

そこに「手柄次第」とありませぬか?

 

起請文には、北条の「手柄次第」なら徳川は邪魔はせずと書いたのだ

つまり北条に沼田を譲り渡すなどとは殿は言ってはおらん

 

本多殿~!!

 

秀次は起請文を確認、手柄次第と書いてある

 

江雪斎は解釈の違いだと主張するが、正信は取り合わない

苦しゅうございますな

 

本田殿お主も聞いてはたはずじゃ

本田殿~!!

 

はて?忘れ申した

 

何だこれは~!!キレる江雪斎

 

裁判長代理の秀次の裁定は「沼田は真田の城」である

 

 江雪斎、ずっと気になっていたのだが「譲り渡す」にせよ「奪い取る」にせよ

それは沼田城が真田の城ということを暗に認めていることにはならないか?

もともと北条のものであるなら「取り返す」「奪い返す」と言うべきである

それは北条が沼田は真田の城と思っている証拠じゃ

語るに落ちるとはこの事、違うか江雪斎?

 

双方の言い分は聞き尽くした

後ほど殿下のお裁きを申し渡す

あとは殿下の判決を待てで閉廷

 

 

本多正信に礼を言う信繁

本多様ありがとうございます、どうしてお味方を?

 

それがしはありのままを言うただけ

 

黙ってることもできたはず

おかげで助かりました

 

必死で戦う若者を見たら手を差し伸べるのが年寄りの努めじゃ

失礼

 

立ち去る本多正信を頭を下げて見送る信繁

 納戸に隠れている昌幸に報告する信繁

 

ようやった勝ち戦じゃ

これで北条もさすがに沼田からは手を引くじゃろう

 

ここにいるのは分かっておりました

今更お逃げにならなくともいい

 

昌幸は三成に事の真相を聞かされるハメになる

余計なことをしてくれたな

これでは困るのじゃ

 

聞き捨てなりませぬな

ご説明いただきたい

 

殿下にとって何より大事なのは北条を上洛させること

そのためなら沼田は北条にくれてやってもいいと考えていた

 

では今日はなんのためにあったのですか?

 

真田の立場がないと思い猿芝居を開催しただけだ

 

安房守殿ここは折れてくれぬか

沼田を諦めろ

 

その沼田が(戦の)火種となるのじゃ!!

 

昌幸に頭を下げる三成

理不尽なことは承知の上、この通り

 

石田様どうぞお手をお上げください

沼田は引き渡しましょう

父上

 

沼田に代わる土地などありません

 

一つだけ望みがありまする

先祖の墓があるので名胡桃だけは渡せませぬ

あとは殿下に従います

 

すまぬ席を外す三成

 

でまかせに決まっておるではないか

(名胡桃城に先祖の墓があるなど)

名胡桃城はひときわ高いところにある沼田は丸見えじゃ

名胡桃さえ抑えておけば沼田に睨みを効かせることができる

 

決まったか?

かくして沼田裁定は決着した

 

この裁定に北条氏政は納得しない

名胡桃なんぞに真田が居座ったらどうなる?

戦になった時に我らが動き全て悟られてしまうではないか

 

御隠居様、京に参りましょう(やるべきことはやった江雪斎が必死に説得する)

関白殿下はご隠居様の上洛と引き換えに沼田をくださったのです!!

 

うぬは誰の家来だ?

秀吉の裁定に不服であることを形で示す!

沼田に兵を送り2万にしよう

 

当主は氏直だが隠居の氏政に頭が上がらない

 

 

氏政の行動を聞かされた秀吉も面白くない

北条は戦を仕掛けるつもりか?

いよいよ戦に踏み切ったと思ったわ

 

そこまで馬鹿とは思えませぬ

 

つまらん!!

 

 上野 沼田城のシーン

久しぶりに三十郎と大叔父上登場

信幸が連絡役か、辛いな

 

沼田城矢沢頼綱

沼田城を守るために死んでいった家臣を悼む

 これまでこの沼田城を守るために死んでいった者達の名前を思い出しておった

教えてくれ

わしはあの者達になんと言って詫びればよいのじゃ?

あやつらは何のために死んでいったのじゃ!!

 

憤慨して席を外す大叔父上72歳w

 

若殿様、大殿が大変でございます!!

ネタだなw

コントかよ三十郎ww

大叔父上ww

 

勝手にしろを明け渡すがよい、だがわしはここを離れんぞ!!

わしはここに残る!!

 わしは100年ここで生きるんじゃー!!

相変わらず真田家って困ったちゃん揃いだよなw

 

沼田は北条、名胡桃は真田という裁定で決着

 

かに見えた(ナレーション)

天正17年11月(1589年)

ところが名胡桃城が陥落

北条の手に落ちる

城主の鈴木氏(真田家の家臣)は死亡

 

真田家軍議のシーン

すぐに名胡桃城に攻め込むべきか悩む留守番役の長男信幸

 

舅殿ww

何をためらっておる!

今すぐ名胡桃城に攻め込み奪い返すのじゃ

この本多平八郎忠勝、加勢つかまつる!

 

舅殿は口を挟まないでいただきたい!

 

ここは真田の軍議の場である!!

稲のところにお戻りくだされ!!

舅殿は徳川の家臣、すみやかにお戻り願いたい

 

婿殿!よう言うた!

うん!ワッハハハハハハ!ご機嫌で去っていく忠勝

 

今週から婿舅問題がいい方向に向かいそうな予感

 

結局昌幸の判断を仰ぐことになり佐助が伝令で京都に向かった

4日で頼む

 悔しいのは俺も同じだ

信幸が嫡男らしくなってきたね

 

相模小田原城のシーン

氏政は鷹狩に行ってる場合ではないのだが

 

猪俣が名胡桃をのう、フフ思い切ったことをしたものだ

 

出かけるぞ

 

これが北条攻めの良い口実にならねばよいのですが

(もう、どうしようもなくなってしまった江雪斎、可哀想だな)

 

なぜ秀吉が関係ある

これは北条と真田のいさかいじゃ!

 氏直は存在感がないな...

 

 京都 真田屋敷のシーン

こんなことなら名胡桃も北条に渡しておけばよかった

持っていた2つの胡桃を投げ捨てる昌幸

 

すまぬことをした...

(名胡桃城主の鈴木が死んじゃったお馴染みのナレ死ですww)

 

殿のお下知を待っております

佐助、すぐに名胡桃城を奪回しろ!と源三郎に伝えよ!

 

ここまで何日で来た?

4日でございます

3日でもどれ(師匠の出浦氏も無茶言うな)

 

いや2日で戻れ、佐助難儀だなw

 

 意趣返しじゃ!

いちいち許しを請わねばならぬのか?

 

勝手に動いては真田も処罰を受けることになります

父上、世の仕組みは変わったのです!

 

京都 聚楽第のシーン

しかし信繁の進言で秀吉の許しを得てからにすることにした昌幸

どうか名胡桃城奪回の機会をお与えください

殿下にご迷惑はおかけいたしません、真田の兵だけで取り返してみせます

 

安房守、和紙に預けてはくれぬか?

そなたの悪いようにはせん

あとはわしに任せよ

下がれ

 

納得がいかない昌幸だが信繁に言われて聚楽第をあとにする

 

字部、これで北条攻めだな?

 

その前に今一度北条に文を送り

名胡桃を真田に返し上洛するように申し付けます

 

それで断ってきたらいよいよ戦じゃな

 

京の真田屋敷に戻ったが苛立つ昌幸

 

城を奪われたにもかかわらず、取り返すことができるにも関わらず

手をこまねいて見ているだけとは

わしは何のために秀吉に下ったのじゃ!

サルめ!

 

聚楽第を攻めようとか考えるか昌相w

 攻め落とせるぞフフフ

軍師の思わぬ発言で気を取り直す昌幸

 

信繁と佐助のシーン

あれほど悔しそうな父上の顔は初めて見た

 

出浦様もでございます

さぞご無念であろう

 

満月か(月齢あってるんだろうかw)

 

 

相模 

何ゆえ秀吉が首を突っ込んでくる!

子供の喧嘩に親が首を突っ込んでくるようで見苦しいわ!

 

ここは従っておいたほうが得策でございます、ご隠居様!

 

文を破り捨てる氏政

 

上洛しないのか、というか遅いか

 

 

利休と秀吉のシーン

で、どうなりました?

 

氏政は断ってきた

 

殿下の思うつぼではござらぬか

これで討伐の口実ができましたなあ

目が怖いな秀吉

 

北条攻めじゃ!すぐに支度せよ!

 

氏政を上洛させれば真意を聞くこともできます

 

さんざんわしは救いの手を差し伸べてきた

それを氏政は拒んだのだ!あとは戦しかない

大名共に御触を出せ

見たこともない大軍で北条の度肝を抜いてやる!

 

ついに戦になってしまいましたね

戦が始まる時はいつもこうだ

一度動き出せばまるで暴れ牛のように前へ進む

誰も、止めることはできん

 

 

 雨の相模、秀吉からの宣戦布告の朱印状が届く

 

秀吉が攻めてくる

小田原城があるかぎり負けはせん

 

上杉、徳川、真田に加え中国、九州、四国の大名までもが...

文を読み絶句する氏直

 

こちらとて奥羽の伊達との盟約がある

徳川だけは押さえておこう

まだ時はある

急いで徳川を説き伏せよ!

 

今から徳川を味方につけるのでございますか?

(江雪斎は立場がないな)

 

 秀吉はあっという間に空前の大軍勢をまとめ上げた

これより北条を成敗する!

 

 駿河 駿府城

家康は江雪斎に会わず追い返す

だから、もっと早いうちに秀吉にあっておけばよかったのじゃ

この期に及んで北条につくわけがなかろう

 

しまいじゃな北条は

 

江雪斎の帰りを待つ氏政

 

(ナレーション)

この時から関東の名門、北条氏は滅亡に向かって突き進んでいく

 

今週はこの辺でさようなら

 

 

まとめ

今週の見せ場かと思っていた 江雪斎と信繁のやり取りは意外と淡白だった。

というか信繁は論破されかかってるしw

最初から北条を助ける気がない秀吉、お気に入りのきり(真田)贔屓の秀次、そしてこの諍いの原因となった家康の立場を悪くしたくない本多正信、いくら頭が冴え弁の立つ江雪斎でもまったく勝てる見込みは無かったね。

しかし本当に沼田裁定なんてあったのかな?

名胡桃城の一件が発端だと思ってたけど、ナレーションとCG画像で終わりとは脚本がヒドすぎるww名胡桃城主の鈴木氏の末裔は怒ってるんじゃないかなww

信繁が真田家名代というだけで創作っぽいなあ。

しかしこのドラマは字幕で見てると面白いね。

セリフ多すぎでも無かったけど、拾いきれんわw

真田家の人が出るとコント状態になるのは仕方ないかな。毎度のことだしw

来週は大河ドラマらしい映像が見られるのか楽しみですね。

また、後日録画を見たら更新します。

 

第23回「攻略(こうりゃく)」に続く

 

参考記事

www.sankei.com

 

www.excite.co.jp

 

www.news-postseven.com

 

 それでは、また来週。

 

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All's Well That Ends Well by @nakasada