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@なかさだの「終わり良ければすべて良し」 All's Well That Ends Well by @nakasada

日常の生活や気になるニュース、趣味のゴルフ、カメラの日記、つぶやきです。サブログhttp://nakasadaxnobel.hatenablog.com/

NHK大河ドラマ 『真田丸』 第38回 「昌幸(まさゆき)」感想-今週の真田丸 (9/25放送 ネタバレあり)

 

どうも、なかさだです。

 

NHK大河ドラマ真田丸』第38回

「昌幸(まさゆき)」感想

-今週の真田丸 

 

ご当地大河ドラマだから見るだけでは、つまらんので記事にしています。

*毎週日曜日6時のBSの放映後に更新するので閲覧注意です。

 

 NHK公式フェイスブックページです。

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実況はこちら

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 今回は、若干視聴率が良かったようですね。

ネットで、これだけ煽ってれば当然かなという気はしますけど。

久しぶりに重いシーンで、家康(内野聖陽)の演技が素晴らしかったと思いましたね。

家康が、この物語の中では、なんだかんだ言っても一番長く出ているので、最近のドヤ顔連発は、見ていてちょっと笑ってしまう感じです。

秀吉が生きていた頃とは、かなり違う感じの人になってますからねえ。

 

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なんかいきなり昌幸の髪の毛が伸びて白髪になってます。

10年を1話にまとめちゃうのか。

真田家のエピソードなのに結構乱暴ですね。

 

 

 

地元情報です。

ueda-sanadamaru.com

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昨日たまたま上田城址公園まで行ったんですけど、まだ混んでいました。

紅葉と松茸シーズンだしな。(まだ長野県北部も紅葉していないですけど)

観光シーズン突入だし土曜日だったからなあ....。

なんか春日山城から上杉の軍勢が来てましたけどねw

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武将隊と記念撮影も楽しいかもしれません。

 

 

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 九度山村に舞台は移ったので、ご当地ドラマとは言えなくなった気がしますが、信之が上田藩主になるので、たまには上田が出てくるかもしれませんね。

今後は、大阪と和歌山県が舞台かな。

 

 

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堺雅人も実年齢に近くなって自然な感じですよね。

 第40回「幸村(ゆきむら)」10月9日放送で「信繁」から「幸村」に変わるらしい。

やっと主役になるのか。ずっと2番手の役ばっかりだったので、どう変わるのか楽しみですけどね。

NHKもPRが上手いな。

 

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真田丸 後編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

真田丸 後編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

 

 

 

 

NHKの公式ホームページです。

www.nhk.or.jp

 

  

 

 

真田丸 - 2NN 2ちゃんねるニュース速報+ナビ - 2ch News Navigator

今まで見ていなかった人もここでチェックすれば、丸わかりです。

 

まずは先週のおさらいから


5分で分かる真田丸~第37回「信之」~

 

 

 

第37回「信之(のぶゆき)」のあらすじ

mantan-web.jp

俳優の堺雅人さんが主演を務めるNHK大河ドラマ真田丸」の18日放送の第37回「信之」では、真田信繁(堺さん)の兄・信幸(大泉洋さん)が、家康(内野聖陽さん)に信繁と父・昌幸(草刈正雄さん)の助命を嘆願する。また、信幸が、父と同じ“幸”の字を捨て、“信之”となる。

 

第37回は、信幸が家康に昌幸と信繁の助命を嘆願する。昌幸と信繁は関ケ原で西軍が敗北したことによって徳川に降伏。信幸は本多忠勝藤岡弘、さん)と共に家康に助命嘆願し、代わりに“信幸”の名を捨てる。罪人となった昌幸と信繁は徳川に大坂へ呼び出され、三成と大谷刑部(片岡愛之助さん)の最期について知ることになる。昌幸と信繁は真田への怒りに燃える家康と対面。昌幸は家康を前にしてもプライドを捨てず、家康は処罰に込める真意を明かすことになる。

 昌幸と信繁は高野山に流罪となる。また、三成、刑部の最期が描かれるほか、大坂の陣で信繁と共に戦う毛利勝永岡本健一さん)や信繁の娘・すえ(恒松祐里さん)も登場する。

 「真田丸」はNHK総合で毎週日曜午後8時ほかで放送。

 

上記記事の引用

 

 

*ネタバレというか今回のあらすじです

mantan-web.jp

 

 

第38回は、流罪となった昌幸と信繁ら一行の日々が描かれる。昌幸は信之(大泉洋さん)を通じ何度も釈放を願い出るが、家康(内野聖陽さん)は無視して着々と天下取りを進めていく。一方、信繁ときり(長澤まさみさん)の信濃での思い出話を聞き、春(松岡茉優さん)は思い悩む。月日がたち、死期を悟った昌幸は、ある夜信繁に、徳川と豊臣が将来激突した場合の策を授ける。

 豊臣秀頼中川大志さん)のほか、当代一流の文化人・小野お通(八木亜希子さん)、信繁らを監視する浅野家家臣・竹本義太夫(宮下誠さん)も登場する。

 「真田丸」はNHK総合で毎週日曜午後8時ほかで放送。

 

上記記事の引用

 

 

www.nhk.or.jp

 

www.nhk.or.jp

 

今週は、さらば昌幸か....。

 

 

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参考に

真田昌幸 - Wikipedia

 

真田 昌幸(さなだ まさゆき)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将大名

甲斐武田信玄の家臣となり信濃先方衆となった地方領主真田氏の出自で、真田幸隆(幸綱)の三男。信玄・勝頼の2代に仕え、武田氏滅亡後に自立。織田信長の軍門に降り、滝川一益の与力となったが、本能寺の変後に再び自立し、近隣の北条氏徳川氏上杉氏との折衝を経て、豊臣政権下において所領を安堵された。上田合戦で2度にわたって徳川軍を撃退したことで、徳川家康を大いに恐れさせた逸話で知られるが、関ヶ原の戦いで西軍についたために改易された。

 

配流[編集]

関ヶ原の戦後処理において、徳川家康より昌幸・信繁父子には上田領没収と死罪が下される。昌幸は討死覚悟で籠城する決意を固めるが、東軍に属した長男の信幸(後の信之)とその舅である本多忠勝の助命嘆願で助命され、高野山への蟄居が決められた[68]信濃上田の真田領に関しては信幸に与えられ、信幸は沼田27,000石、上田38,000石、加増30,000石の合わせて95,000石を領する大名となり、真田家の存続に尽くした[69]

昌幸は慶長5年(1600年)12月13日に上田城を発して高野山に向かった[69]。昌幸の正室は上田に残留し、次男の信繁とその妻子、さらに池田長門・原出羽・高梨内記・小山田治左衛門・田口久左衛門・窪田作之丞・関口角左衛門・関口忠右衛門・河野清右衛門・青木半左衛門・飯島市之丞・石井舎人・前島作左衛門・三井仁左衛門・大瀬儀八・青柳清庵ら16人が従った[70]。昌幸の去った上田城は徳川方に接収され[69]、家康の命令を受けた諏訪頼水らによって破却された[71]。なお信之と別れの対面をした際に、恐ろしげな目からはらはらと涙を流して「さてもさても口惜しきかな。内府(家康)をこそ、このようにしてやろうと思ったのに」と無念の胸中を語ったと伝わっている[72]

高野山での昌幸の配所は1里ほど麓の細川という場所であった。しかし、間もなく配所は九度山(現・和歌山県九度山町)に代わる。信繁が妻を伴っていたため「女人禁制」の関係で代わったとも、冬の高野山の寒さに耐えかねて代わったとも[73]言われている。なお、流人ではあるが昌幸・信繁の屋敷が別々に造営され(真田庵)、家臣の屋敷も近くに造られるなど、普通の流人よりはかなり厚遇されていたようである[71]。昌幸の生活費に関しては国許の信之、関係の深かった蓮華定院和歌山藩主の浅野幸長からの援助で賄った[74]。しかし生活費に困窮し、国許の信之に援助金を催促するため10年余の間に20余通の書状を出している。このことからも、昌幸が上田を去った後も、信之との関係が疎遠にならず、親密な仲を維持していた事が伺える[74][75]

最期[編集]

10年余り続いた流人生活は昌幸の気力を萎えさせた[76]。晩年の3月25日付(年次不明)の信之宛書状では「此の一両年は年積もり候ゆえ、気根くたびれ候(中略)、ここもと永々の山居、よろず御不自由御推察なさらるるべく候」とある[54]

また配流当初には信之を通して赦免運動を展開し[76]、慶長18年(1603年)3月15日付で国許の信綱寺へ宛てた書状[77]があり、その内容から赦免されて国許に帰還する希望を持っていたようである。また国許の家臣との関係も親密で、家臣が昌幸を頼って九度山に逃れてきた事もある[32]

最晩年の昌幸は病気がちだった。信之宛の書状では信之の病気平癒の祝言を述べると共に自らも患っている事を伝えている[78]。また書状では「此の方別儀なく候、御心安くべく候、但し此の一両年は年積もり候故、気根草臥れ候、万事此の方の儀察しあるべく候」とあり、さらに「大草臥」と繰り返しており、配流生活は年老いた昌幸を苦しめたようである[54]

慶長16年(1611年)6月4日、九度山で病死した。享年65(67とも[5][3][78]

 

ウイキペディアより引用

 

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実は長野県にも昌幸のお墓がありまして、ちょっと見てきましたよ。

お骨になって帰ってきたんでしょうね。( -人-)

 

このブログを始めた当初は、室賀氏の郷に行ったり、上田城や砥石城も行ったのですが、大阪編に入ってからは、どこにも行っていなかったので写真を投稿するのも久しぶりですかね。

 まあ、これが最後でしょうけどねw

 

 

 

第38回「昌幸(まさゆき)」

 

 毎週、午後6時放送のBSプレミアムを見ながら書いていますので、シーンもセリフも漏れまくりです。

 (後日、録画を見て加筆校正して更新しています。)

 

今日は釣りアニキやってないんか.....。調子狂うな........。

 

紀州九度山に幽閉されることとなった

 

慶長6年(1601年)正月

紀州 紀の川の奥 高野山の山裾にその小さな村はあった

(ナレーション)

九度山 真田屋敷

お屋敷の横に番所を設けたお手前方が一歩でも外に出れば

こちらに知らせが来ることになっておる

ぬけ出すことなど考えずにごゆるりと余生を送られよ

 

浅野家の竹本氏(監視役)に村長に会っておくように命じられる昌幸

お前、行ってこい

 任せる

仕方なく昌幸の代理で村長(むらおさ)に会いに行く信繁

行ってまいる

 

内記、山菜採りしてるw

 

きりに土産をもらう信繁

手ぶらじゃまずいでしょ

 

信繁ときりは土産を持って村長を訪ねる

ボーロと申す南蛮菓子です

これから世話になる良しなにと思います

 

(村長は明らかに迷惑そうだった)

村長(むらおさ)長兵衛

なんでここに来なすった?

一日も早くここを出て行っていきだきたい

 

我らもそれを望むところ

 

でなければ、一日も早うあの世に行って下され

 

きりと語らう信繁

どのくらいここにいるんでしょうね?

 

それは兄上次第

村からは出られないが山歩きはできる

1日何もせずぼーっとして過ごせるとなるとむしろ楽しい

真田の郷で駆け回っていたころを思い出した

 

楽しかったねえ、お梅ちゃんもいたしね

 

お前はいっつもいるな・・

 

舌を出すきり

(陰で見ている春の視線を感じて離れるきり)

歩いてこよう・・ふふーん

 

真田の郷の話をしていた

一度行ってみたいものです

すえちゃんにも会いたいです

父上様がお呼びですよ

(昌幸に呼ばれる信繁)

 

 

 佐助は屋敷に入れないので自分で小屋を建てた

これ1日で作ってしまうんだからビックリ!

何でもできるんですね

 

素っ破ですから!

(佐助はきりが好きみたいだ)

 

佐助さんって頼りになるわよね

 

あの、これ・・

(佐助、絵がうまいw)

絵も上手・・

 

素っ破ですから

 

 

信之から手紙が来た

浅野の番人が届けてきた

 

兄上、名前を変えられたのですね

 

わしが与えた幸の字を捨ておった

 

徳川に対する忠義を示したのでしょう

 

源次郎

源三郎が捨てた「幸」の字をもらってくれんか?

 

わたしがですか?

 

うん

真田・・・幸信繁・・・?

真田幸村

考えておきます

 

 上野 沼田城

信濃 上田

九度山というところは寒いのでしょうか?

紀伊の国だからな、むしろここよりは温かいのではないか?

 

(信之と三十郎、髪型変わったなw

月代入ってるわ)

舞う一日誰かに見張られているのだぞ

とにかく今は内府様にご赦免を願い続ける他に道はない

 

すぐに伏見に届けまする

 

母上のご様子は?

 

相変わらず臥せっておりまする

 

母上、召し上がらねばお元気になりませんよ

(薫は関ヶ原以後、病がちのようだ)

 

母上には父上様たちが戻って来られた時に

元気なお姿でお迎えする役目がございますよ

 

(布団の中にお菓子を隠している薫)

行かれましたよ

 

何かお腹に入れておかないと死んでしまうから

 

甘いものばかり召し上がってるからお食事がとれないのよ

松にツッコまれる薫

(この辺は毎週のお約束だな)

 

九度山

(春は薪割りしているがうまくいかない)

源次郎様にやっていただいたら?

 

これはわたくしの仕事です

 

腰が大事

(簡単に薪を割ってみせるきり)

 

きりさん、これからも源次郎様のことよろしくお願いします

 

それはあなたの役目でしょう

不安なんです

一緒にいられて嬉しいけど、いつか嫌われてしまうんじゃないかって

 

大丈夫、あの人はあなたのこと大好きだから

 

お梅さんに似ているからですか?

 

似てるっていうかお梅ちゃんもあなたも

わたしみたいに垢抜けてないでしょう?

源次郎様はそういう女が好みなの

自信持ちなさい

 

(ナニ、このきりの上から目線w)

 きりが去っていくのを見送り

薪割りのナタを叩きつける春

 

悔しいんです

 

源次郎様はわたくしの夫です

 わたくしは源次郎様の妻です!

 

きりに何か言われたのか?

きりのことは気にすること全く無いから

きりには上田に帰ってもらおう

高梨内記の世話のためにいてもらおうと思ったが

お前の気持ちのほうが大事だ

 

あの人はどうでもいいんです

わたし負ける気がしませんから

 

では?

お梅さんです

 

お梅?

源次郎様の心のなかでお梅さんは今も生きている

亡くなったお梅さんには勝てないから

悔しいんです

 

立ち上がり障子の紙を

指で何度も何度も突き刺す春

 

(音がでかい、かなり怖いかもw)

 

やめなさい隙間風が・・

後ろから春を抱きしめる信繁

 

 

会津

一方上杉景勝徳川家康に謝罪し

会津120万石から米沢30万国に減封されることになった

いずれは上杉を頼る昌幸の願いは潰えた

 

(墨を硯でとく昌幸)

 

この年春は信繁との最初の子を身ごもっている

(ナレーション)

源次郎様

もし、この子が女の子なら

わたくしの望む名をつけてもよろしいですか?

 

もう決めてあるのか?

 

お梅

そうすればこの先源次郎様がお梅の名を口にするとき

これは、この子のことになるから

(微笑む信繁)

 

慶長8年(1603年)2月

家康は征夷大将軍に任ぜられた

 同じ年孫娘千姫を豊臣秀頼に輿入れさせ

 その権勢は絶頂を迎えようとしている

(ナレーション)

 

 

征夷大将軍となるということは

全ての武士の棟梁として名乗りを上げたということ

 

いよいよ徳川の世になるのですか?

 

これで秀頼様のお立場は更に弱くなりました

 

(昌幸は恩赦があるのでは期待する)

運が向いてきたぞ

家康は今浮かれとる

我らの赦免もそう遠くないぞ!

上田に帰れるかもしれんぞ

ここで駄目ならもう後はない

源三郎にひと頑張りしてもらわんとな

 

これを本多佐渡守殿に届けるのだ

源次郎から文が届いた

ああ見えて本多殿は心優しきお方

きっと力になってくれるはずだと

(信之は本多佐渡を介して赦免を願う)

 

いよいよ、ご赦免となりましょうか?

 

祈るしかない

 

伏見城

 

(信之から文が家康に届けられる)

真田伊豆守より書状が届きました

 

中身はわかっておる

 (中身さえ見ない家康)

 

九度山に追いやってから、はや2年

戻してやっては?

 

ならぬ!!

安房守は死ぬまであそこにおるのだ

 

 

さらに2年後、

慶長10年(1605年)4月

家康は征夷大将軍を秀忠に譲った

(ナレーション)

 

将軍の位を息子に譲ったということは

今後は徳川が政を行うと世に知らしめること

 

ということは・・・

 

秀頼公は天下人となられる目は失われました

 

(昌幸は恩赦を期待する)

今、家康は浮かれとる

最期の機会じゃ

ここで赦免がなかったら、あとはもうないぞ!

 

しかし、家康親子は

くどい~!

 

真田安房守流罪となって早4年

もはや牙を抜かれた狼

夜に放っても害は・・

 

あれが九度山を離れるのは骨になった時じゃ

 

佐渡守、もう申すな

あの男はもう死んだのだ

 

かしこまりました・・・

 

 いつになったら殿はご赦免されるのですか?

いろいろ手は尽くしておりまする!

源次郎なんて向こうで2人も子をもうけているのですよ

みんなで一緒に暮らすわけにはいかないのですか?

(信之は一族に責められる)

 

それだけ大御所様のお怒りは大きかったということだ

(助け舟を出す茂誠)

わたしたちみんなで大御所様に直訴してみてはどう?

 

(松と薫は大御所となった家康に嘆願しようと思いつく)

しかし、稲は今後、上田城では真田安房守の話は一切禁ずると言い出す

母上様、いい加減になさいませ!

父上様のご赦免はおあきらめくださいませ

 夫は父上様との縁を断ったのです、わたくしが許しませぬ!

何のために御名まで変えられたのですか?

我が家までお取り潰しになってもよろしいのですか?

全ては真田のためにございます!!

 

これ以上大御所様がご機嫌を損ねれば

大殿様も源次郎様もお命が危なくなります

奥方様はそれをご心配しているのでございます

(おこうがフォローする役目になってるよな)

 

だったら、そう言えばよいではないですか

(不満そうな薫と松)

 

 

(紫陽花に蝸牛が這っている)

源次郎

これはひょっとすると

わしはもうここから出られんのかもしれんな

(老いが忍び寄る昌幸)

 

 

大坂城

慶長11年(1606年)7月

豊臣秀頼主催による大掛かりな鷹狩が催された

(ナレーション)

右大臣 豊臣秀頼公のお成りである!

片桐且元も老けたな)

皆、支度は整っておるか?

では、参るぞ!

 

秀頼は鷹狩をしたらしい

お供には加藤清正がついた

(というか大人になっておるw)

 

 

 薪を背負って村に帰る途中

板部岡江雪斎九度山に来たのを信繁が発見した

江雪斎殿!

高野山にかつて仕えた

北条氏直が眠っているので来たらしい)

 

これで気兼ねなく身を引くことができる

 

ご隠遁なされるのですか?

 

最期は出家らしゅう終わりたい

 

わたしも蟄居暮らしにすっかり慣れました

 

お主はいかん

 

他にやりたいこともありませんし

 

板部岡江雪斎を侮るな

お主の瞳の奥に燠火(おきび)がくすぶっているのが見える

 

いまさら左様なものは・・

 

いずれ誰かがその火を求めに来よう

楽しみにしておるぞ

真田左衛門佐

 

 

(昌幸は何か書いているが戸棚に隠した)

お願いでございます~!!

 

信繁が呼びに来た

父上

(昌幸は囲碁を打つふりをする)

入れ

何の騒ぎだ?

 

九度山村では隣の村と争いが起こっていた

村長が父上と話したがっております

 

わしに何を望む?

 

徳川様相手に2度も勝った凄いお侍さんと聞いた 

わしらに戦の仕方を教えて下さい

 

いかがなさいます?

高梨内記は楽しそうだ)

 

手勢は?

 

20人

 

敵は?

50人

 

倍以上の50人の敵と戦う時は

真正面からぶつかっては勝てぬ

その時は20の兵を2手に分け・・・

 

はぁ・・

 

昌幸はもう戦の話を聞いても興味が持てないのか

信繁に後を任せた

 

村長殿、

村同士の勝手な喧嘩は太閤殿下が禁止された

聞いたことがあろう

村と村の喧嘩で死人を出せば

どちらの村長も磔になる

まず、浅野様に言いなされ

九度山村は我らの見張りを努めておる

きっと親身になって下さるはず

 

というわけだ、帰るがよい

(村長の長兵衛は礼を言い帰っていった)

 

(憂いが深い昌幸)

 

 

(忠勝も年をとったな)

2人の孫に竹とんぼを作ってやった時に指を切った

ちょっと怪我をした忠勝

 

家康は驚いた

隠居?どういうことじゃ?

 

それがし戰場で一太刀も傷を負ったことがないのが自慢でした

本多平八郎一生の不覚

 

かすり傷ではないか?

 

既に世は太平

もう平八郎の出番はございませぬ

 

分からんぞ、まだまだ西の方角でひと波乱あるやもしれん

 

この老いぼれ命尽き果てるまで殿に尽くす所存

それこそが武士の勤めであります

 

よう分かった

では桑名でゆっくり養生せい

 

その一生を徳川家康のために尽くした

本多忠勝大坂の陣を待たず慶長15年この世を去る

(ナレーション)

 

 大坂

慶長16年(1611年)正月

 

信之ヒゲが生えてるw

(時間が経過してるわけだね)

(赦免のために北政所と会って家康の怒りを解こうと考えた)

何とかならんのか?あのお方なら大御所様を説得できる

帝や徳川様のお使者とはお会いになるとか

 

(信之は、北政所とコネがある、通と会うために京都へ向かった)

 

 書をたしなみ、和歌にも通じ当時一流の文化人として知られた

この女性は名を小野お通と言う

(ナレーション)

 

 

大坂城

(清正は秀頼を盛り立てて行こうと且元に話す)

 秀頼公は立派な若者にご成長なされた

あの雄姿を家康殿に一度ご覧になっていただく

さすれば、家康公は秀頼公に一目置くはず

豊臣家の扱いも変わってくると思うのだ

 

 

駿河 駿府城

片桐の狙いは何だ?

上洛はする

その代わり対面の場は二条城

わしが建て直したわしの城に秀頼を呼ぶのだ

世間は豊臣が徳川の臣下となったと思うであろう

これで、どうじゃ?

(家康は上洛するが二条城で会うと条件をつける)

 

庭で弓の稽古をしている秀頼

(且元と清正は反対するが意外に秀頼は豪胆だ)

 

そもそも徳川は豊臣の家臣ではないか?

向こうから来るのが道理

 

しかし、それが向こうの言い分なのだ!

 

わたしはかまわぬぞ

向こうはわざわざ駿府から参るのだ

どんな形であれ、大事なのはわたしと家康が会うこと

差し向かいで話したいなら、そうすればいいではないか

それを怖がるわたしではないぞ

 

慶長16年4月8日家康は秀頼と二条城で会見した

(ナレーション)

 

回想シーン

関ヶ原の戦いの前、最後に三成が清正に託した言葉がこれとは)

もし、わたしが志半ばで倒れたら

今後の豊臣家のことはお主に託す

命に代えて秀頼様をお守りせよ

 

肥後守様ここからさきはご遠慮いただきたい

(本多佐渡が止めに入るが清正に突き飛ばされた)

 

二条城で両者はついに対面

下がれ肥後守

加藤清正を威圧する家康)

 

秀頼に促され

清正は場所は変えたが、あくまで退室しなかった

(下手の秀頼の方を向いて座った)

上座は家康なのだが・・

 

豊臣秀頼である

 

ご無沙汰いたしておりまする

(思わず平伏する家康)

 

 

(対面の後、家康は秀頼に脅威を感じる)

あれは本当に太閤の子か

 

なかなかの若武者ぶりでございましたな

 

いかんのう・・

(爪を噛む家康)

いけませんな

 

仕方あるまい

 

豊臣家はつくずく運が無い

せめて跡継ぎが凡庸であればしぶとく生き残れたものを

 

その前にあのヒゲが邪魔じゃ

 

 

服部半蔵の出番でございますな

(2代目らしいね)

ありゃあ死んだのでは?

 

ようできた2代目がおります

 (本多佐渡と家康もいつの間にか老けてるな)

廊下ですれ違いざま清正を刺す服部半蔵

 

加藤清正は暗殺だった!

これは鳥刺しじゃないかw)

加藤清正はこの会見後肥後に戻る船の中で発病し

2ヶ月後に死んだ(ナレーション)

 

 

九度山

いつの間にか大きくなってる真田大助とお梅

(昌幸は髪の毛が伸びっぱなしだし、信繁もすっかり中年になっている)

大助(ちょっと黄昏れている)

 

村の子供になんと言われたのだ?

 いいから申してみなさい

 

罪人の息子・・・

 

いいか大助、父も爺様も決して罪人ではない

それはたまたまだ

この世の中で徳川の軍勢を相手に二度も勝ったのは爺様だけだ

お前にもその血が流れている

誇りを持て!

 

大助

今度なんか言われたらこうするのだ

まず、こうして相手の前に跪き頭を下げ

そして謝るふりをして噛みつけ

喧嘩に卑怯も何もあるか

勝ったもん勝ちよ!

 

そして手には常に小枝を隠し持っておく

(孫の大助にいろいろ喧嘩のやり方を教える昌幸)

 

これは効くぞ

 

春に子供の頃

同じことを教わったのか聞かれる信繁

 わたしも昔教えてもらった

 

役に立ちましたか?

 

兄上はあのやり方は卑怯だと

兄上は父上の教えを嫌がってました

常に正々堂々とあるべきだと・・

 

 

急にその場に倒れる昌幸

(もう寿命が尽きてきたらしい)

 

布団に臥せっている昌幸

そこを開けてみよ

孫子の兵法に倣ってわしも書いてみた

戰場でわしが学んだすべてがそこにある

(戸棚を開けたら昌幸が書いた秘策が隠されていた)

(表紙に兵法奥義と書かれた書類を手にする信繁)

お前にやる

 

父上!

 

願わくば、もう一度戦に出たかった

 

そのような弱気なことを

 

源次郎

遺言じゃ、しかと聞け

 

いずれ必ず

徳川と豊臣がぶつかる

その時はここを抜け出し

お前は豊臣につけ

これより話すは

徳川に勝つただ一つの道

10年かけてわしが考えた策じゃ

 

まずは手持ちの軍勢を持って真っ先に尾張を制する

徳川が攻めてきたら頃合いを見て

尾張を捨てる

 

捨てる?

 

いったん近江まで引く

いっときでも尾張を抑えたということが大事よ

 これで日の本中の徳川に不満を持つ大名の心をつかむ

 

なるほど

 

さらに瀬田当時の橋を落とし敵の追撃を阻む

その間に二条城を焼き払う

そうなれば徳川勢は大坂に攻めかかるしかない

それを大坂城で迎え撃つのよ

できるだけ戦は長引かせよ

そのうち各地で徳川に反旗が上がる

反旗が上がれば敵は大阪だけに関わっているわけにはおられん

そのうち引くしかなくなる

 

負ける気がせん

 

 

しかし、父上なら上手く事を運べましょうが

わたしでは難しいのでは

 

なんで?

 

わたしには場数が足りませぬ

 

わしの立てる策に場数などいらん

心得は一つ

 

お教え下さい

 

軍勢を一つの塊だと思うな

一人ひとりが生きている

一人ひとりが思いを持っておる

それをゆめゆめ忘れるな

 

かしこまりました

 

疲れた・・

 

(昌幸の命は尽きようとしていた

枕元に集まる一族郎党)

 

信濃に帰りたかった

上田の城に・・・

 

(昌幸の手を握る信繁)

 

幻聴(馬のいななき)

御館様!

御館様!!

幻を見て起き上がろうとする昌幸

(最期まで信玄公のことが心残りだったのだろうか)

 

御臨終です

 

 

紀州 紀の川の奥

高野山の山裾にその小さな村はあった

そのはずれで一人の戦国武将が 死んだ

(ナレーション)

 

今週はこの辺でさようなら

 

 

 

 

 

 

 

まとめ

 ちょっとね、今週も読んでもらっても、内容が伝わるのかどうか怪しい記事になっています。

ああ、毎週でしたね。

昌幸は恩赦を願って上田に帰りたかったけど、家康が決して許さなかったという話でしたね。

信繁は子供もできて、幸せとはいえないまでも家庭を築いていたけど、遺言に従ったのか、己の思いにかけたのかは分かりませんが、家康に反旗を翻すようになるのは間違いない史実なので、どんな展開になるのか来週が楽しみです。

加藤清正が家康に暗殺されたというのは、仮説なのかな?

まあ、面白いけどねえ。

 

後日、録画を見たら違う感想かもしれませんね....。

一応、8時の放送も見ますけどね。

有働アナのナレーションが多いですよ......。

 

 それでは、また。

 

 

 

 

第39回「歳月(さいげつ)」に続く

 「としつき」かもしれないね

 

 参考記事

headlines.yahoo.co.jp

 

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それでは、また来週。

 

 

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All's Well That Ends Well by @nakasada