読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

@なかさだの「終わり良ければすべて良し」 All's Well That Ends Well by @nakasada

日常の生活や気になるニュース、趣味のゴルフ、カメラの日記、つぶやきです。サブログhttp://nakasadaxnobel.hatenablog.com/

NHK大河ドラマ 『真田丸』 第39回 「歳月(さいげつ)」感想-今週の真田丸 (10/2放送 ネタバレあり)

BS・CS放送 ドラマ テレビ ニュース・ななめ読み ネットの話題 大河ドラマ 書評・レビュー 真田丸

 

 

どうも、なかさだです。

 

NHK大河ドラマ真田丸』第39回

「歳月(さいげつ)」感想

-今週の真田丸 

 

ご当地大河ドラマだから見るだけでは、つまらんので記事にしています。

*毎週日曜日6時のBSの放映後に更新するので閲覧注意です。

 

 NHK公式フェイスブックページです。

http://facebook.com/nhksanadamaru/

 

実況はこちら

twitter.com

 こちらもどうぞ

#真田丸 hashtag on Twitter

 

 

 広告

 

 

 

 

 

headlines.yahoo.co.jp

headlines.yahoo.co.jp

 

 わたしだけだと思いますけど、前回は、案外あっさりした内容だったかなと思います。

10年分のエピソードを盛りまくりでしたが。

最期の「御館様!!」のあと、婆さまみたいに「まだ早い」とか言って昌幸が生き返ったら面白かったと思ったというか、やらなかったな。

ついに主役の真田昌幸が死んでしまった、この大河この先一体どうなってしまうのか。

今週から信繁が主役になるのかは、これまでの流れを見ると、かなりビミョーな気もしますし、予告で見る限り、まるでリストラされたサラリーマンのような、中年男性の哀愁漂う内容かもしれません(ねーなw)

今週は、真田紐って言いたいだけじゃないですかね。もちろん適当です。

 

 

mantan-web.jp

かなり盛り上がるような前フリだが、期待してもいいいのだろうかw

 関ヶ原でああだったよね。大坂城真田丸を作るところからやるんだろうか?

信繁の視点で見る大阪の陣編は期待しましょう。

 

 

news.livedoor.com

 

headlines.yahoo.co.jp

 

これまでのストーリー上で、かなり目立っていた、この2人をまさかのナレーションで瞬殺。前フリは長かったけどね。(加藤清正服部半蔵に刺されたシーンはあったが)

板部岡江雪斎は、その後どうなのかよく分からんかった。

真田昌幸は、野望を失い失望して老いていって亡くなった。

毎度毎度のことなのだが、演出なのか脚本なのか、どっちなんだろう?

次に死にそうなのは、誰だろうなあ.....。

 

広告

 

 

 

地元情報です。

ueda-sanadamaru.com

headlines.yahoo.co.jp

昨日、今日と焼鳥屋のオリンピックが上田城でやっていたようです。

行きませんでしたけどね。

一時減ってきていた観光バスも、秋になって、また増えてきたような気がします。

紅葉は10月中旬以降でしょうけどね。

 

 

 

 

広告

真田丸 後編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

真田丸 後編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

 

 

 

 

NHKの公式ホームページです。

www.nhk.or.jp

 

 

真田丸 - 2NN 2ちゃんねるニュース速報+ナビ - 2ch News Navigator

今まで見ていなかった人もここでチェックすれば、丸わかりです。

 

 

まずは先週のおさらいから


5分で分かる真田丸~第38回「昌幸」~

 

小枝を手に忍ばせて、しゅっとやるのじゃの場面だなww

 

 

 

第38回「昌幸(まさゆき)」のあらすじ

mantan-web.jp

 

 

第38回は、流罪となった昌幸と信繁ら一行の日々が描かれる。昌幸は信之(大泉洋さん)を通じ何度も釈放を願い出るが、家康(内野聖陽さん)は無視して着々と天下取りを進めていく。一方、信繁ときり(長澤まさみさん)の信濃での思い出話を聞き、春(松岡茉優さん)は思い悩む。月日がたち、死期を悟った昌幸は、ある夜信繁に、徳川と豊臣が将来激突した場合の策を授ける。

 豊臣秀頼中川大志さん)のほか、当代一流の文化人・小野お通(八木亜希子さん)、信繁らを監視する浅野家家臣・竹本義太夫(宮下誠さん)も登場する。

 「真田丸」はNHK総合で毎週日曜午後8時ほかで放送。

 

上記記事の引用

 

 

 

*ネタバレというか今回のあらすじです

mantan-web.jp

 9月25日放送の第38回「昌幸」は、九度山に流罪となった信繁の父・昌幸(草刈正雄さん)の最期が描かれた。

 第39回は、九度山で暮らす信繁に運命を変える使者が訪れる……という展開。昌幸が死去し、信繁の兄・信之(大泉洋さん)が九度山を訪れる。父に惨めな思いをさせないよう生活に無理をしてきた信繁は兄に支援を求めるが、徳川に監視される信之にはそれができない。一方、かつて信繁がルソン(フィリピン)に逃がした秀次(新納慎也さん)の娘・たか(岸井ゆきのさん)が、海外の珍しい紐を持って訪ねてくる。信繁はその紐を見てあることを思いつく。信繁はきり(長澤まさみさん)と協力して真田紐(さなだひも)を考案し、商売を始めるが、春は信繁に頼られるきりに嫉妬してしまう。

 信繁が九度山で貧しいながらも穏やかな日々に幸せを見いだし始める。そんな中、大坂から使者が訪れ、信繁の運命が大きく変わることになる。また、信繁の嫡男・大助(浦上晟周さん)、娘・梅(大出菜々子さん)も登場する。

 「真田丸」はNHK総合で毎週日曜午後8時ほかで放送。

 

上記記事の引用

 

 

www.nhk.or.jp

www.nhk.or.jp

 

今週は、1611年~1614年くらいまでか。

 

 

 

参考に

大坂の陣 - Wikipedia

大坂の陣(おおさかのじん)は、慶長19年(1614年)の大坂冬の陣(おおさかふゆのじん)と、慶長20年(1615年)の大坂夏の陣(おおさかなつのじん)の総称。江戸幕府豊臣宗家(羽柴家)を滅ぼした戦いである。大坂の役(おおさかのえき)とも称する。

 

端緒[編集]

慶長8年2月12日1603年3月24日)、家康は豊臣秀吉死後の豊臣政権においては五大老徳川家康が影響力を強め、慶長5年(1600年)に元五奉行石田三成らが蜂起した関ヶ原の戦いで家康は東軍を指揮して三成ら西軍を撃破する。徳川家康は戦後処理や論功行賞を主導するなど実権を握った。この際、豊臣家の蔵入地(直轄地)を処分、豊臣家の所領は摂津河内和泉の約65万程度まで削がれた[注釈 1]

伏見城征夷大将軍に就任、江戸幕府を開き、江戸城を始め普請事業を行うなど政権作りを始める。家康の政治目標は徳川家を頂点とした長期的かつ安定した政権をつくることであったとされ、徳川家の主君筋に当たり幕府ヒエラルキー社会では別格的存在となる豊臣家に対し、服属させるか、それが拒絶された場合には処分する事を考え始めたという。

同年7月徳川秀忠の娘である千姫が秀吉の遺言に基づき子の豊臣秀頼に輿入した。

慶長10年(1605年正月に家康が、つづいて2月に秀忠が伊達政宗奥羽大名を加え10万とも16万ともいわれる大軍を率いて上洛した。同年4月16日、家康は将軍職を辞して将軍職を秀忠に譲り、自らの官位であった右大臣位を秀頼に譲る。将軍就任時の秀忠の官位が内大臣であったのに対し、秀頼はこうして右大臣になったが、秀忠の将軍職継承は天下にはもはや豊臣家ではなく徳川家が君臨することを示すものである。先の家康の将軍任官時の序列はまだ秀頼が上であって、同時に秀頼が関白に任官されるとする風聞が違和感なく受け止められており[1]元服を前に秀吉の子として関白就任への可能性を残していたが[注釈 2]、既に家康、そして徳川政権が時を追うごとに優位になっていくことを止めることはできなかった。[2]

5月8日、秀頼に対して臣下の礼を取るように高台院を通じて秀頼生母の淀殿に要求するなど友好的対話を求めた。この時、淀殿は会見を拒否し両者の関係は悪化するが家康は松平忠輝を大坂に遣わし融和に努めている[2]

慶長16年(1611年3月後陽成天皇の譲位を受けての後水尾天皇即位に際して上洛した家康は二条城での秀頼との会見を要請する。秀頼の上洛を求める家康に対し反対もあったが、加藤清正浅野幸長ら豊臣家恩顧の大名らの取り成しもあり会見は実現する(二条城会見[注釈 3][2]。翌4月、家康は在京の大名22名を二条城に招集させて幕府の命令に背かないという誓詞を提出させた。翌慶長17年(1612年)には前年上洛していなかった東北関東などの大名65名から同様の誓詞をとっている。ただし、秀頼からは誓詞を提出させていない[注釈 4]

二条城の会談により両者の緊張は緩和したものと思われた。しかし、慶長12年(1607年)に結城秀康、慶長16年(1611年)に浅野長政堀尾吉晴加藤清正が、慶長18年(1613年)に池田輝政・浅野幸長、慶長19年(1614年)に前田利長が亡くなると、豊臣家の孤立はいっそう強まり、その焦りからか幕府に無断で朝廷から官位を賜ったり[注釈 5]兵糧浪人を集めだし、更には前田家と誼を通じようとするなど、幕府との対決姿勢を前面に押し出し始めた。

豊臣家に対し融和策をとる徳川家も戦の準備は怠らず、攻城兵器として国友鍛冶に大鉄砲大筒の製作を命じ、他にも石火矢鋳造イギリスオランダに対し大砲焔硝(砲弾の材料)の注文を行っている。海外、キリスト教陣営との接触は両軍共に存在し、大坂城にはポルロ神父など多数のキリシタン、神父が篭城することとなる。[注釈 6]

こうしたなかで発生した方広寺鐘銘事件により、両家の対立は決定的となる(方広寺鐘銘事件の詳細は後述)。慶長19年(1614年8月、豊臣家は鐘銘問題の弁明のために片桐且元駿府へ派遣するが、家康は且元と面会していない。しばらくして大野治長の母の大蔵卿局駿府へ派遣されたが、家康は大蔵卿局とは面会して丁重に迎えている。9月6日、家康は豊臣方の徳川家に対しての不信が問題の要因であるとし、以心崇伝本多正純使者として、大蔵卿局と且元とを同席させた上で、双方の親和を示す方策を講じ江戸に赴いて申し開きするよう要求したという。同日、家康は今度は西国の大名50名から誓詞をとっている。

且元は大坂へ戻り、9月18日、私案として以下の3つの妥協案の一つを採用するように進言した。

  • 秀頼を江戸に参勤させる
  • 淀殿人質として江戸に置く
  • 秀頼が国替えに応じ大坂城を退去する

この案に淀殿は怒り且元は次第に裏切り者として扱われるようになった。秀頼や木村重成からの調停があったものの、28日に高野山に入るとして大坂城を出ることを決めたが、これは秀頼側ら穏健派の態度をも硬化させ、「不忠者である」として改易が決められる。10月1日に片桐且元は蔵の米や金などの勘定の引き継ぎを済ませ、300程の雑兵を率き連れ、貞隆、石川貞政らと共に大坂城を退去した。

且元は慶長18年に秀頼から一万石を加増された際に徳川家を憚りこれを辞退したが、家康の命により拝領している。このように且元は豊臣家の家臣でありながら家康の家臣でもあることとなり[4]、豊臣家が且元を処分しようとしたことは家康に口実を与えることになった。家康はこの件を根拠にして諸大名に出兵を命じ、大坂の陣が勃発している。[4]

 

ウィキペディアより引用

 

第39回「歳月(さいげつ)」

 

毎週、午後6時放送のNHK BSプレミアムを見ながら書いているので、シーンもセリフも漏れまくりです。

 (後日、録画を見て校正、加筆して更新しています)

 

(昌幸は)

上田に戻ることを夢見ていた昌幸だったが

 その願いは叶わぬまま64年の生涯を遂げた

 

九度山 真田屋敷

九度山村を訪れた信之と三十郎

 

仏壇に手を合わせる

 

さぞ、ご無念であったであろう

 

 兄上、父上からこれを

(先週の兵法奥義だったっけか?を信之に見せる信繁)

これまで戰場で培ってきた、戦の仕方勝ち方が

全てこの中にあると父上は仰せでした

 

孫子の兵法に匹敵する大事なものではないか!

 

ご覧になって下さい

 

(中身を見たが、なんか記号が書いてあって意味不明)

凡人には全く分からん

 

父上らしいと言えますが

 

全部こんな感じか?

 

全部こんな感じです

(即答)

 

 

信繁一家勢揃いのシーン

父上が亡くなったこともあり 少しでも早く

ご赦免いただけるようこれからも・・んっ?

 

兄上の気持ちは嬉しいのですが、これだけ長くおりますと

今の暮らしに何の不満もなくなりました

 

わしを気遣ってそう言っておるのだな?

 

えええ(首を振る信繁)

 

 皆もそうなのか?

 

春は

旦那様といられることが多いのでここに来られて

本当に良かったと思います

きりは

村の女の人に縫い物を教えてかなり満ち足りてるんですよ

佐助は

森で見つけたきのこです(絵を見せる佐助)

 

梅と大助に至ってはここの暮らししか知らないわけで

無理して上田に戻らずとも

 

しかし、ここで一生暮らすというのは

どうなんだ、大助?

信濃や大坂、京都に行ってみたくないのか

 

こっちはこっちでやっておりますので

 さほどご心配することもないと思いますよ

(本妻のように意見をまとめる、きり)

 

内記はどうした?

 

父上が死んだあと追腹を切ろうとしましたが・・

回想シーン

昌幸が死んだので追腹を切ろうとする内記

(坊主になってる覇気が失せたな)

 

父上とはわしらが生まれる前からの仲だからな

 

ご心配なくすぐに元気になりますから

 

兄上こそ大変なのではないですか?

大名として領内をまとめていくというのは

 

まあ、やらねばならぬことは後をたたぬ

まあ、そういう地道な仕事のほうが

わしには向いているのかもしれんが

(信之は出世したのう)

 

お互い収まるところに収まったということで

よろしいのではないかと

(きりがまとめるか、春の目線が怖い)

 

酒宴のシーン

お子たちは息災にしていますか?

 

なかなか頼もしく育っておる

大助は少々おとなし過ぎはせんか?

 

わたしは子を育てるというのが

どういうことかよく分かりません

 

父上という手本があったではないか

 

わたしは放ったらかしでした

 

何を言うか、あれほど父上に愛されておったのに

 

父上が愛しておられたのは兄上です

 

幼いころはわしは叱られてばかりであった

 

 

大人になってからは

お前はつまらないと言われ、

ことあるごとにお前は面白くないと言われ

何かあっても蚊帳の外だ

 

愛されている証です

兄上に何かあっては困るからです

わたしは兄上が羨ましかった

 

その言葉そっくりお前に返すぞ

 

三十郎は

わたしに言わせれば

大殿はどちらも愛しておられたと思いますよ

大殿は大殿なりにお二人を育て上げ

おふたりとも立派にお育ちになった

大殿が立派な父親だったとは何とも言えませんがね

 

 口が過ぎるぞ

(三十郎言い過ぎだな)

 

子育ては人それぞれ自分にあったやり方を

見つけるしかないかもしれんな

 

ところで兄上

お願いがあるのですが

ここでの暮らし何の不自由もないと申しましたが

あれは嘘です

借金がかさみ生活がきついです

 

仕送りが足らんか?浅野家からもお手当が出ているのでは?

 

父が生きているうちは惨めな思いをさせぬよう

それなりに暮らしていましたが

そのツケが回ってきました

 

きりは侍女だったころの腕を活かして村で織物を教え

佐助は若い衆を相手に忍びの小技を披露して小遣い稼ぎを

しかし、もはや焼け石に水

 

わかった、何とかしよう

 

こんなことをお願いして申し訳ありません

 

これ以上ひもじい思いはさせん!

明日の朝経つ

京へ上らねばならんのだ

高台院様にお取次してくれるお人を

三十郎が見つけてきてくれてな

 

どうかその件は忘れて下さい

 

やらせてくれ!

いつになるか分からんがまた皆で暮らすのは

わしの願いなのだ

(と言いつつあっさり九度山を離れる信之)

 

 

京都で高台院(北政所)と面会しようとする信之

しかし、代理人のお通に断られる

 

 実はそれがしがここを訪れるのは

それだけが理由ではないのです

あなたとこうして時を過ごしていると実に心が落ち着く

また、参ってもよろしいですか?

(お通を口説く信之)

 

男の衆は家の中でも外でもえろう気を張って生きております

 うちといててお心が晴れるのなら

いつでもおこしやす

 

ありがたい!

 

次は和歌を教えましょう

 

待ち遠しゅうござる!

(実はこっちが本当の目的だった信之)

 

 

内記に大助の教育を頼む信繁

大助も元服も近いし守役を務めてほしいのだ

大助を一人前の男に育て上げてくれ

おまえしかおらぬのだ、頼む

 

(こうして内記の英才教育が始まった)

大殿様はよく仰せでござった

この盤面には戦のすべてがある

心してかかられよ

 

囲碁の心得を大助に説く内記)

囲碁というものを一言で言い表すならば

 碁盤は土地、石は杭、相手に四方を囲まれたら

 取られてしまうのはまさに戦と同じ

(影からそっと2人を見守る信繁)

 

 

江戸のシーン

徳川家康は江戸の屋敷に大名の家族を住まわせ

大名たちに両国都の間を行き来させた

参勤交代の原型である(ナレーション)

 

江戸の真田屋敷

(母ちゃん、また人質になってるし)

だけど江戸は住みよいではないですか?

 

ここが合うか合わないかの問題です

こちらの懐紙は固くていけません

京のものに限ります

 

このまま徳川様の世になってしまうの?

関ヶ原から目立った戦もないし多分そうなるんだろうな

 

徳川様にお任せしていれば大丈夫です

きっと住みよい世の中になります

(稲も顔の脂を紙で取ってるし)

 

茂誠殿、今度源三郎が京に行ったとき

良い懐紙を買ってくるように伝えておくれ

 

母上は世の流れよりも顔の脂のことが大事みたい

(嫌味をいう松)

当たり前ですよ

(けっこう江戸では、豪華な暮らしぶりの兄一家)

 

(すえも大きくなったな)

すえにわたくしの扇を見せる約束をしていたのです

 

(またも自分は菊亭晴季卿の娘とか語っている薫)

若いころは公家衆の間でもてはやされたけど

小県の父上に嫁いであまりに田舎で驚いたんですって

 

殿は素敵な方でした

それはそれは凛々しい若武者ぶりでございました

 

すえにもお公家様の血が流れているのですよ

忘れてはなりませんよ

 

真田昌幸の妻

薫は夫が死んだ2年後江戸にてこの世を去る(ナレーション)

(またナレ死か....)

 

 

 三年後

慶長19年(1614年)秋

(また大助も梅も大きくなっている)

 

内記と囲碁を打つ大助

参りました・・・

弱いですな、若はハハハハハッ

 

お梅様よろしく

(お梅は裁縫の手本を村の女達に見せた)

さあ、やってみましょう!

(きりも裁縫の講座開いてる)

 

佐助は子供相手に忍者養成塾か

 

みんな内職してるし

 

 

畑を耕す信繁

(親父そっくりの服装に変わっているね)

裏山で良い湧き水を見つけた

これで畑が枯れることもない

 

兄は9万5千石の大名なのに弟はこんな畑を耕してる

その差は如何に

 

分相応なのだ

 (湧き水を引く装置を壊してしまう信繁)

 

作りが甘いんじゃないですか

 

きり、そこ縛ってくれ!

 

自分でやってくださいよ!

(きりは席を外したというか庭から逃げた)

 

父上様

大八を抱きながら庭を眺める春

(きりと仲良くしていると春は怖いね)

 

兄上様から荷が届きました

(蕎麦の実が信濃の信之から送られてきた)

 

今月も蕎麦か・・・

ひもじい思いというのは、こういう意味で言ったんじゃないんだが

(信幸の仕打ちに困惑する信繁)

 

大助も大八も育ち盛りなのに蕎麦ばかりでは心配です

 

 

佐助は絵がうまい

佐助の小屋で休む、きり

(きりに自分の熱い思いを打ち明ける佐助)

 

源次郎様はどうお考えなのでしょうか?

このまま、ここで終わるつもりですか

まだ、そんな歳じゃねえでしょう

まだお若いのに、もったいないですって

俺、あの人が本気出すならやりますよ!

どこまででもついていきますよ!

俺、あの人見てるとなんかイライラしちまうんだ

兄貴なんかに負けちゃ駄目だって

 

ここだけの話ですが

あそこの兄貴、真面目なだけで糞面白くもないじゃないですか?

一生懸命なのは分かるけど

信之は人としてつまらない

 

一緒にいると3つ数える間に飽きちまうんだ

(表情が歪む、きり)

源次郎様にはもう一度

日の当たるところに出ていってもらいたいんですよ

ここで一生終えるお方じゃねえ

あんな糞面白くもねえ兄上があんないい暮らししているのも

(佐助言い過ぎだな)

 

ちょ、佐助!

(信繁が来たので慌てる佐助)

 

佐助ちょっといいか

これから村に行って

蕎麦を売りに行ってくる

蕎麦粉を売って金を稼ぐ

 

蕎麦がき出来上がりました~!

 

また、沢山茹でたこと~!

 

これを食べて味を知ってもらいその場で売りつける

信州名物、きっと珍しがって買ってくれる

 

売れますかね~?

 

 

しっかり商って下さいね

(春が作った蕎麦がきを売りに行く信繁ときりと佐助)

 

 長兵衛の屋敷

信州名物蕎麦でござる!

一度食べたら癖になる信州名物の蕎麦はいかがかな?

この蕎麦粉を水でといて茹でるだけ

 

味よしの蕎麦~

めされ、そうらえ~、めされ、そうらえ~

 

さあ、一口!

さあ、騙されたと思って

 

京や大坂で買えば20文のところ

今回は日頃世話になっている村の衆だけに

10文でお分けいたそう!

 

味よしの蕎麦~

めされ、そうらえ~、めされ、そうらえ~

 

(瓜売り以来の蕎麦売り口上です)

 

 

(屋敷で帰りを待つ春)

春は不安そう

 

囲碁のシーン

はい、わしの勝ちハハハハハッ

(内記容赦しないな)

大助大きくなったな

 

 

 (屋敷に帰ってきて反省会)

もう少し売れても良いと思ったんだがな・・・

 

やっぱり、蕎麦がきって人を選ぶんでしょうねえ

慣れれば美味しいんだけど

 

それなら細く切って・・・馴染みがないのは同じか・・・

(ため息をつく信繁、すごい売れ残り方だな)

 

蕎麦がきを細く切ったもの

蕎麦が現在のように細長い形になるのは

もう少し先の話である(ナレーション)

 

 

(あまりに蕎麦が売れないので悩む信繁)

商いというのは難しいものだな

 

わたしが作った蕎麦がきがおいしくなかったのでしょう

そういうことではない

(指を挿して破った障子紙の穴が10年で随分増えたものだ)

 

お前を連れて行かなかったのは商人の真似をさせたくなかったのだ

 

きりさんはいいのですか?きりさんは

 

いつだったか言うておうたろう

きりのことはどうでもいいと

あいつには暇を出す

 

わたくしが追い出したことになります

いいんです、申し訳ありませんでした

(またも障子紙を破る春、表から裏から破るか)

 

はあ~

(ため息をつく信繁)

 

 

(仕方なく、きりと再び話す信繁)

面倒くさい人

 

どんなに長くわたしといても

わたしとお前が出会った年月は越えられない

それが分かったのだ

 

出ていってほしいなら出ていきますよ

いや、そういうことでは・・

わたしだっていつまでも源次郎様しか心にないわけじゃありませんし

 

そうなのか?

 

子供3人も生まれては、もう

 

そうはっきり言われると少々寂しいが・・

 

わたしがここにいるのは父上のためと

源次郎様がわたしにいてほしいと思っているから

春様にも相談できないこともやっぱりあるでしょ

そんなときに力になってあげられたらなって

もう、菩薩の心ですよ

 どうしましょうね?

 

もう分からん

一度春と話してみてくれ

二人に任せる

 

逃げる気か!

(面倒なことになってため息をつく、きり)

 

父に尋ねるきり

大助様と囲碁は?

(内記は手加減しない主義らしい)

 男はいつも真剣勝負じゃ!

大助は気の毒だなw

 

(大助が庭で黄昏れてたら

急に呂宋に行った、たかが九度山を訪ねてきた)

 

真田様のお屋敷はこちら?

 

豊臣秀次の娘たかは信繁の計らいで

呂宋へ渡っていた(ナレーション)

 (

きりと春が出迎えてるところに

信繁がやってきた)

Magandang hapon

(こんにちは)

 

お元気そうで何よりです

 

日本に帰って何よりお会いしたかったのが

左衛門佐様♥

随分探しました

 

わたくしはよう分かりませぬが

どういうご関係で?

 

側室です♥

 

形だけだ!

(便宜上、側室にしたのだと弁解する信繁)

 

でも、側室は側室でございますよ

マハル キタ~

(信繁に抱きつく、たかを見て

火箸で、どっちを刺そうとしているのだ春)

 

ちょっと 待って下さい!

あなたそういう人ではなかった

 

長年向こうにいたので

わたしなりにいろいろなことがあったのです

 

今は何を?

 

助左衛門に教えていただき呂宋を根城に商いをしております

 

(呂宋で凄い商人になって帰ってきた、たか)

みんな好きなものを持っていっていいよ

お客さん、お目が高い

それはシャムの香炉です!

(お土産じゃなかったのかw)

 

(信繁はきれいな紐に目を留めた )

それはネエパラの紐、差し上げます

 

ネエパラ(ネパールのことか?)

 

天竺の北のほうらしいね、サナールというけど凄く頑丈なの

なんでかっていうと伸び縮みしないから

 (信繁に近づこうとするたかを突き飛ばす春)

 

サナール紐?

 

サナールは紐って意味だから

サナール紐だと紐紐になっちゃう

 

これちょっと見てくれ

幾つもの糸が縱橫にきっちりと織り込まれている

何か思い出さないか?

上田の紬(つむぎ)だよ

あれがこんな織り方だった気がする

 

言われてみれば・・

 

 

(突然閃いた信繁)

思いついた

 

お梅に呂宋の言葉を教えるたか

マハル キタ

お慕いしています

 

マハル ナ マハル キタ

もっとお慕いしています

(まずは娘からというわけではないか)

 

 

紐を編んで欲しい

これを手本にするのだ

編むというよりおると言ったほうが正しい

紬のように

春、手伝ってくれ

 

でも(不服そうな春)

 

いいから、やる!

 

 

(きりと春で真田紐の試作品を作っているシーン)

たか様はずっとここにいらっしゃるつもりでしょうか?

 

目が荒くなってる

仕事は丁寧に 

わたしはここを立ち去るつもり

 

旦那様に言われたのですか?

ここで旦那様を支えて下さい

 

いてほしくないんでしょ?

自分に正直にならないと損するよ

みんなあなたに気を使ってるのよ

白状しますけどわたしだって

源次郎様のお子がほしいと思ったこともありましたよ

でも、遠い昔の話

だからね、余計なことは考えない

あの人にとってはあなたが一番大事だから

 

押さえてるからそっち持って

引っ張りますか?

ぎゅ~!(春の紐を編むときの掛け声)

 

きりさん

どこにも行かないで下さい

わたしのために

 

ぎゅ~(変だろこの掛け声)

 

(春は気持ちが落ち着いたようだ)

 

たかは京都に行くと信繁に告げる

京に行こうと思っています

祖母に会ったらまた呂宋に戻ります

救っていただいたこの生命必ず大事に使います

サラマッポ

(別れの言葉をいう、たか)

 

意味は?

 

教えない♥

(信繁に抱きつく、たか)

 

これぞサナール紐ならぬ真田紐!

どれだけ頑丈か試してみてほしいんだ

(みんなに完成品を披露する信繁)

 春ときりは和解したみたいだ

 

(試しに真田紐で、佐助が梁によじ登っても大丈夫だ)

1本、おいくらですか?

(素っ波のときに使うつもりなんだろうか?)

 

 

(さっそく村長に真田紐の売り込みに行く信繁)

これまでの紐と違って極めて頑丈にできている

重いものを吊るすときなど実に役に立つ

また、糸の色を変えることで様々な模様を織り込むことができる

鎧や太刀の飾り紐にも持ってこい

 

(信繁に真田紐を突き返す村長の長兵衛)

わしらは百姓じゃ

そんな頑丈な紐はいらん

鎧や太刀など縁遠い暮らしなのは

分かっておりましょうが?

 

 

承知の上だ、取引をしようではないか

わたしはこの紐を考えだした

この紐を沢山作るのに人手はいるし

我らは外に売りに出るわけにも行かない

そこで村長殿この真田紐の作り、売ることを任せたい

 

何ですと?

 

 作り方は指南しよう

皆で作って皆で売り歩くが良い

ただし、まずは手付として銭5貫

売上の一割はもらう

必ず名前は真田紐と言って売ること

どうだろう?

 長年面倒かけている村の衆への

恩返しになればと思うておる

 

必ず儲かる!いい思い、味おうてくれ!

 

(お金が入ったので、佐助が山を降りてご馳走を買ってきた)

おう内記、待ちかねたぞ!

 

全く豪勢ですな!

鯛を口にするのは何年ぶりだろうか?

(喜んで喉に鯛をつかえて死にそうになる内記)

 

大助の姿が見えぬが

 

 わしに15連敗したのがよほど悔しいのでしょうなw

囲碁の世界は厳しいもんなんじゃ!

 

(一人囲碁を打つ大助)

内記に大助は15連敗中だとか

父上

 

そのまま

 

また負けたらしいな

 

お前の爺様は戦が始まる前にはいつも内記と囲碁を打っていた

気持ちが落ち着くらしいのだ

わたしはやらないので分からないが

そうなのか?

父にも教えてくれ

 

内記殿に教えてもらえば・・

 

お前に教えてほしいのだ

 

(大助に囲碁のルールを教わる信繁)

大助、お前の教え方は分かりやすいな

 

そうやって相手の杭を抜きながら自分の領地を広げていく

それが囲碁です

 

やってみよう

 

本気ですか?

 

ぜひお手合わせを

 はい(嬉しそうな大助)

(爺様のいつも座ってた毛皮の敷布がそのままになっている、細かいな)

(親子で囲碁を打つ大助と信繁)

 

真田紐のお陰で

久しぶりにお金が入って幸せそうな一族郎党

 

庭で満足そうに家族を見る信繁

(風の音)

月が隠れて暗くなった

 

(誰かおる?)

 

真田左衛門佐信繁様でございますね?

 

何者だ?

(笠を脱ぐ不審人物)

 

 おぬしは・

 

宇喜多秀家家臣

明石掃部頭全登!

(真田)左衛門佐信繁様をお迎えに来ました!

 

 

おっと長い予告

大阪の陣編だね

 

 

今週はこのへんでさようなら

 

まとめ

 

 真田家の日常といった趣の放送でした。

 相変わらず、ないがしろだな信繁ww

久しぶりに、ほのぼのしたホームドラマっぽい九度山暮らしも2週しか続かないのね。

というか来週は、これは見ないと思わせるような長い予告。

 

歴史がわたしをどう評価するか、お手並み拝見といこう。

(格好いいな、このセリフ)

 

 来週から堺雅人が違う人格になりそうで楽しみです。

今まで主役らしく扱われなかった倍返しがやってくるのか、来ないのかw

 

また録画を見て書き直したいと思います。

 セリフが多くもないと思っていたら、けっこう多かったです。

それじゃ、また来週。

 

第40回「幸村(ゆきむら)」に続く

 

 

 

 

参考記事

headlines.yahoo.co.jp

 

headlines.yahoo.co.jp

 

headlines.yahoo.co.jp

 

headlines.yahoo.co.jp

 

 

 

 

それでは、また来週。

 

 広告

 

 

 

 

 

All's Well That Ends Well by @nakasada