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@なかさだの「終わり良ければすべて良し」 All's Well That Ends Well by @nakasada

日常の生活や気になるニュース、趣味のゴルフ、カメラの日記、つぶやきです。サブログhttp://nakasadaxnobel.hatenablog.com/

NHK大河ドラマ 『真田丸』 第50 回 最終回 感想-今週の真田丸 (12/18放送 ネタバレあり)

BS・CS放送 エンタメ テレビ 大河ドラマ 書評・レビュー 真田丸 ネットの話題 ドラマ

 

どうも、なかさだです。

 

NHK大河ドラマ真田丸』第50回(12/18 放送)

最終回 感想

-今週の真田丸 

 

ご当地大河ドラマだから見るだけでは、つまらんので記事にしています。

*毎週日曜日6時のBSの放映後に更新するので閲覧注意です。

 

 NHK公式フェイスブックページです。

http://facebook.com/nhksanadamaru/

 

実況はこちら

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今日は、最終回なので、午後6時からの放送を見る人が多いのではないかと思います。

実は、このブログ最初の真田丸の記事は、今年の2月7日放送の第5回「窮地」から書くようになったのですが、最初はすごく短い感想だったのが、(5分かからないで読める内容だった)今では1万字を超える内容になってしましました。

第1回放送から見てはいたのですが、わたしは本当のことを言ってしまうと、普段の年は、大河ドラマを全く見ない層なので、何年ぶりに見るんだろうなあと思っていました。

当初の放送を見ていて、堺雅人元服したての真田信繁を演じるというのは、違和感がかなりありましたし、子役を使えばいいのになあと感じていましたね。

地元では今までにないくらい視聴率が良くて、大河ドラマ効果で観光で来る人達も増えて上田城跡公園は観光バスが溢れるようになり、現地はちょっとした真田丸フィーバー状態が続いていましたが、今日で放送が終わると来年どうなるのかと考えてしまいます。

わたしは、去年までの静かで、ほとんど人のいない地味なお城に戻るのかなと思ってますけどね。

いよいよ最終回は55分の拡大版で放送です。

 

www.nhk.or.jp

 

しかし、これまで長かったなあ。

 日曜日の早丸を毎週見ながら記事を書き、ブログを更新するというのは、正直きつかったですけど、今回で終わりなので、新たに日曜日のネタを考えなくてはいけなくなりますね。

BSで早丸を見て、NHKで本放送を見て内容を確認して、後日録画を見て記事を書き直すという作業をずっと続けてきたので、飽きっぽい性格のわたしにしては、けっこう頑張ったかなという気がしています。

ドラマでのセリフを拾うようになって記事が長くなりすぎ、更新がどんどん遅くなるという悪循環だったかな。(当初は印象に残ったセリフしか書いていなかったし)

ブログ記事ののタイトルに真田丸と書いてあるだけで、それまでの倍以上アクセスが増えたのは驚きでしたけど、一時的なものでしたね。

 それでも毎週のように読んでくれた人には、感謝の気持ちでいっぱいです。

本当にありがとうございましたm(__)m

 

地元情報です。

ueda-sanadamaru.com

上田城跡公園内の真田丸大河ドラマ館は、来年1月中旬まで営業していますから、最後に見に行くのもいいかもしれないですね。

 

f:id:nakasadax:20161218170211j:plain

(これも取り壊されちゃうんだよな.........。)

 

 

 

headlines.yahoo.co.jp

 

まさか信之が、あの場面で「黙れ小童!!」と言うとは思わなかったですよね。

流行語大賞に選ばれるんじゃないかとか、今年の初めは言われてたくらい、連発されてたもんねえ。

児島の表情が面白くて、思わず笑っちゃったけどね。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

大泉洋の「黙れ小童~!!」返しのインパクトが強すぎて、おいおい主役の存在感ぜんぜん無いじゃねえかと思っていたら、最後にちゃんと取ってあったんだね。

春が奥さんだけど、きりはドラマの最初から、ずっと出てたんで信繁に想いが通じて良かったと感じました。

まあ、最後まで三谷脚本のこの女性のキャラ設定は、変わらなかった気もします。

演技指導でアレですからね。

序盤は長澤まさみの演技が、マジでウザいとネットで話題になるほど、叩かれていたけど、報われたような気がしますかね。

今日も出るだろうから最後に何かしそうな気もしますがね。

楽しみですね。

 

 

zasshi.news.yahoo.co.jp

 

今、振り返ってみると、去年は、なぜ主役が堺雅人なのか疑問だったが、ずっと見てきてこういうストーリーだからこその人選だったんだなと納得した。

でも、堺雅人は、正直言えばちょっと気の毒だったかなと思う。

毎週、主役として出ているのに、周りを固める俳優陣に食われる演出は、ストレスたまりそうと感じていた。保護色のような主役というかね。

最終回だけは違うかもしれないけど、こういう流れだとあっさりドラマの序盤で死んじゃったとかありそうで怖いわ。(笑)

あらすじ見たら、そういうことにはならないようだけど。

 

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真田丸 後編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

真田丸 後編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

 

 

 

 

 

NHKの公式ホームページです。

www.nhk.or.jp

 

真田丸 - 2NN 2ちゃんねるニュース速報+ナビ - 2ch News Navigator

今まで見ていなかった人もここでチェックすれば、丸わかりです。

 

 

 まずは先週のおさらいから


5分で分かる真田丸~第49回 「前夜」~

 

 

第49回「前夜(ぜんや)」のあらすじ

www.nhk.or.jp

 

幸村からの書状を読んだ信之は、幸村が死を覚悟していると直感し大阪行きを決意する。一方、豊臣方と家康との最終決戦~大坂夏の陣~がいよいよ始まる。

幸村は又兵衛や勝永とともに策を立てる。

徳川軍を食い止めるのは道明寺。

しかし、豊臣方の策はことごとく漏れていた。

ついに幸村は春を城から出すことに。

そして、きりには最後の使命が...。

 

上記サイトから引用しています。

 

公式ページのあらすじです。

www.nhk.or.jp

 

 

 

 

 

*ネタバレというか今回のあらすじです

www.nhk.or.jp

 

mantan-web.jp

 最終回では、豊臣と徳川の決戦が始まる。豊臣の形勢は圧倒的に不利で、茶々(竹内結子さん)は死を覚悟するが、幸村は「望みを捨てなかった者にのみ、道は開ける」と諭す。やがて、毛利勝永岡本健一さん)らの活躍によって戦況は一転し、豊臣方は徳川軍を次々と撃破。しかし、幸村が寝返ったといううわさが広がる。幸村は、徳川家康内野聖陽さん)ただ一人に狙いを定め、一騎で突き進んでいく。

 

上記記事の引用

 

 

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物語の参考に

大坂の陣 - Wikipedia

 

終局

本丸以外の堀を埋められ、裸同然となっていた大坂城は、もはや殺到する徳川方を防ぐ術がなかった。真田隊を壊滅させた松平忠直の越前勢が一番乗りを果たしたのを始めとして徳川方が城内に続々と乱入し、遂には大坂城本丸内部で内通者によって放たれた火の手が天守にも上がり、5月7日深夜に大坂城は陥落した。その燃え上がる炎は夜空を照らし、京からも真っ赤にそまる大坂の空の様が見えたという。(大阪城陥落直後の1615年6月11日付の長崎の平戸オランダ商館の関係者の報告では、徳川家康側に赦免を得るために寝返った数名の大名が秀頼を裏切り城に火を放ち逃亡を図った。しかし逃亡は叶わず、その場で城壁から突き落とされて死亡したとされている。[29]

翌日、脱出した千姫による助命嘆願も無視され、秀頼は淀殿らとともに蔵の中で勝永に介錯され自害した[注釈 12]

現在、大阪城天守閣で所蔵されている、自らも大坂の役に参戦した福岡藩黒田長政が当時一流の絵師を集めて描かせた大作の屏風絵大坂夏の陣図屏風」通称、「黒田屏風」(重要文化財)の左半分には、乱妨取りに奔った徳川方の雑兵達が、大坂城下の民衆に襲い掛かり、偽首を取る様子や略奪を働き身包みを剥がすところ、さらには川を渡って逃げる民衆に銃口を向ける光景、そして女性を手篭めにする様子などが詳細に描かれている。また、記録によれば、一万数千の首の内、偽首を取られるなど殺害された民衆が数多くおり、生き残ったものの奴隷狩りに遭った者の数は大人から年端の行かぬ子供まで数千人に達したとされる。[要出典]

ある町人が残した記録「見しかよの物かたり」には

男、女のへだてなく
老ひたるも、みどりご
目の当たりにて刺し殺し
あるいは親を失ひ子を捕られ
夫婦の中も離ればなれに
なりゆくことの哀れさ
その数を知らず

と、その悲惨さが語られている。

諸大名の対応

島津氏は秀頼からの書状に対し「豊臣家への奉公は一度済んだ」と返事したが、徳川方としての出陣は冬の陣・夏の陣とも結果的にかなわなかった(夏の陣では、鹿児島を発ち平戸に到着した時に大坂の役の情報を聞いて引き返している)。これは当時、藩主島津忠恒が進めていた藩政改革がうまく行かず、家臣団の統制すらままならなかったからであるが、島津の不参加は一時「島津謀反」の噂を引き起こし、小倉藩の監視を受ける羽目となった。この一件以後、島津氏は藩政改革を一気に推し進め、また幕府の行う事業や島原の乱への出兵など積極的にこなしていった。

戦後処理

秀頼の子の国松は潜伏している所を捕らえられて処刑、また娘の天秀尼は僧籍に入ることで助命された。豊国社は廃絶され、家康の指示で大仏の鎮守にするために方広寺大仏殿の裏手に遷された。長宗我部盛親はじめ残党の追尾は10年以上に亘って行われた(徳川幕府転覆を企てた由井正雪の片腕とされた丸橋忠弥は長宗我部盛澄といい盛親の側室の次男という)。盛親以外には、細川興秋は父・細川忠興から自刃を命じられ、増田長盛は盛次の罪を背負う形で配流先の岩槻で、また古田重然は豊臣に内通したという疑いから自刃した[30]明石全登の行方は定かではないが、その息子・明石小三郎は寛永10年(1633年)に薩摩で捕まっている。

その一方で、仙台藩では、捕虜となった長宗我部家臣の佐竹親直の遺児が仙台藩の奉行になったり、信繁の子が仙台藩重臣片倉重長に匿われて、後に仙台藩に仕官したりしており、実際の残党狩りは藩により温度差が生じている。また、旧室町幕府幕臣であった真木島昭光がかつての同僚である細川忠興らの嘆願で助命されるなど、特別な事情で処刑を免れた事例もあった。

戦後、大坂城には松平忠明が移り、街の復興にあたった。復興が一段落すると忠明は大和郡山に移封され、以降大坂は将軍家直轄となった。幕府は大坂城の跡地に新たな大坂城を築き、西国支配の拠点の一つとした。

一方、松平忠輝は総大将を務める天王寺合戦で遅参したことが理由の一つとなり、翌年に改易となった。松平忠直は、大坂城一番乗りの褒賞が大坂城や新しい領地でもなく「初花肩衝」と従三位参議左近衛権中将への昇進のみであったことを不満としており、後に乱行の末改易となった。

この戦いを境に戦国時代より続いた大規模な戦闘が終焉した。これを元和偃武と言う。

伝承

真田信繁

大坂夏の陣での真田信繁(幸村)の活躍はまず、屏風絵に見られる。最初に黒田長政によって作成された「大坂夏の陣図屏風」(黒田屏風)に始まり、後世、版画の錦絵に描かれるなど、徳川政権下でも後世へ語り継がれた。文献では特に、江戸中期頃に書かれた「真田三代記」は信繁のみならず真田一族の名を高めるのに貢献した。天王寺合戦は江戸時代後期に書かれた島津家の伝承を集めた「薩藩旧記」で「真田日本一の兵(ひのもといちのつわもの)、古よりの物語にもこれなき由、惣別れのみ申す事に候[31]」、「家康が切腹も考えるほどだった」などと記された。また家康本陣を守備していた藤堂高虎の一代記である高山公実録にも「御旗本大崩れ」と記され、藤堂勢は応戦はしたものの、真田隊の勢いの前では効果無く、ほどなく家康は本陣を捨ててしまい、高虎自身も、家康の安危を確認できなかったと振り返っている。後に真田隊の猛攻を恐れ、家康を残して逃走した旗本衆の行動を詮議したという「大久保彦左衛門覚書」(三河物語)も残っている。

また、信繁以外にも毛利勝永、大野治房らも天王寺・岡山の戦いで活躍した(『日本戦史 大坂役』)。信繁は徳川軍の中を敵中突破した一方、勝永と治房らは自軍の数倍もの徳川軍に正面から当たり、壊滅させたと言われている(『日本戦史 大坂役』)。 さらに、真田隊が強行突破できたきっかけとなったのは、毛利隊の快進撃を何とか防ごうと、松平隊の背後にいた浅野隊が毛利隊に当たろうとし、その動きを松平隊が「浅野隊が寝返った」と思い、混乱したことでもあるとする説もある(『日本戦史 大坂役』)。

真田隊や毛利隊がどれだけ家康自身に迫ったのかは諸説あり、そのため後世の創作である軍記、歌舞伎、錦絵や再現イラスト、歴史漫画では様々な様子が描かれている。また、家康の周囲にいた人間も小栗又一、大久保彦左衛門など本によって様々である。

信繁討死についても諸説があるが、一般的には「安井神社で石畳に腰をかけているところを討たれた」と言われている。安井神社は天王寺公園・茶臼山の北にある一心寺の北に所在する。これは明治時代に当時の大日本帝国陸軍参謀本部が制定したものとされ、安井神社にある「眞田幸村戦死跡之碑」には戦死の地の選定に際しての参謀本部の関与を示す一文が刻まれている。

信繁を討ち取った西尾宗次が属した越前松平家の文書[32]が近年発見[33]され、これによると、西尾は生玉(生國魂神社の周辺)と勝鬘(勝鬘院の周辺)の間の高台で休息していた信繁を討ち取ったといい、安居神社説は誤伝とみられる[34]

 

ウィキペディアより引用

 

 

 

 

第50回 最終回

 

毎週午後6字放送のNHK BSプレミアムを見ながら書いているので、セリフもシーンも抜けまくりです。(後日、録画を見て加筆校正し、更新しています。)

 

主題歌ないんか今週。

コーヒー淹れてて最初のスーパーインポーズ見逃したわw

 

 

 尼寺に泊まる信之は本多正信と再会する

(相部屋かよ)

スピースピー

(正信の寝息で起きる信之)

 

 (大坂城では酒盛りしている)

こいつらダメダ十勇士だな

 

お前たち明日の戦負けると思ってるな

 

勝てるわけないよ

 

わたしは命が惜しい

命が惜しければ必ず勝て

 

(厨の大将 与左衛門に会いに来た幸村)

徳川の間者か?

徳川になど仕えたことないわ

娘は太閤殿下に手篭めにされ命を絶った

わしは秀吉と大坂城が消え去るのを見守るのだ

 

事情はともかくお前を生かしておくことはできぬ

 

この城も明日には終わりじゃ

 

(幸村は与左衛門を斬る)

 

(最後の軍議のシーン)

 秀頼公自らご出陣頂きます

必ずや家康の首取ってご覧に入れます

 

 

誇り高き死などありませぬ

 

死ぬのは怖くありません

 

ああ~

 

申し訳ございませんでした

茶々様は悪い夢を見ていたのです

それも明日で終わります

お願いしたきことが

家康が死ねば戦は終わりますが

次の戦は必ず負けます

 

死ぬつもりなのですね?

 

大坂城を捨てる代わりに

四国の領主になることを認めさせるのです

その時は和睦の使者として

千姫様を送り届けてください

望みを捨てなかったものだけに道は開けるのです

 

父上が今のわたしを見たらどう思うだろう?

(内記に問いかける幸村)

わたしが何かを成し遂げたかどうか

誰が決める?

 

時でござる

日の本一の兵として語り継がれます

いかに生きたかでございます

 

(陽気がいいのでセミが鳴いている)

早セミですな

 

ではわたしもひとつせわしなく鳴いてくるか

行ってくる!

 

5月7日早朝

(ナレーション長いな)

茶臼山 幸村の陣

 

明石全登は天主様にお祈りしてる

 

大野修理は秀頼の代理で)

茶臼山の様子を見てまいります

 

きりと語らう茶々

(かるたやってる)

勝ちます

 

2人はどんな間柄?

 

一言では説明できませんねえ

 

(秀忠はイラついている)

何ゆえこちらから攻めないのです?

秀頼が出てきたら士気が下がる

 

真田が寝返ったという噂を流しましょう

向こうが喜ぶ話を盛り込んで

(相変わらず本多正純は親父譲りの狸だな)

 

すぐに取りかかれ

 

大野修理が幸村の陣に到着)

秀頼公は?

 

これだけ先に運んでおいた

(豊臣の旗印、千成瓢箪登場)

 

左衛門佐この戦勝てるぞ!

この陣形に落ち着くまで

どれだけ時間がかかったか

(徳川方は初陣が多かったそうだ)

 

毛利勝永の名を世に知らしめてやる!

 

まだ、早い

待て

 

家康の陣で待っている

(幸村の制止を振り切る勝永)

 

午前10時過ぎ

本多忠朝隊を迎え討った

(ナレーション)

 

(秀頼は、まだ出陣していない

この時幸村が寝返った噂が耳に入る)

(大蔵卿のババア邪魔)

ここまで我らを導いてくれたのは誰じゃ

その噂の真偽すぐに確かめよ

 

(勝永は)

そのまま家康の本陣に向かった

その手前には真田信吉の陣があった

(ナレーション)

 

信吉様ご決断を

 

まだ我らは攻めかかれと言われておらぬ

 

(この時、信政が暴走した)

 

信吉隊は撃破された

さらに突き崩す

(ナレーション)

 

大助

城に戻り秀頼公のご出馬を仰げ

 

わたしも父上とともに戦いとうございます

 

そなたは怪我もしている

足手まといじゃ

佐助、大助を頼む

 

父上

(大助の頬を叩く幸村)

頼んだぞ

 

わたしが寝返るという噂が流れている

 

(与左衛門生きてた)

(徳川の間者と会っていた口封じに

幸村に斬られたと嘘をつく)

これで秀頼の出陣は遅れた

 

(騎馬で敵を迎え討つ幸村)

 

(手柄を急いだ信政は説教されてる)

(総大将で兄の信吉が慰める)

お前のおかげで大御所様に怒られなくてすむ

例を言うぞ

 

(三十郎の目前に幸村が来た

真田同士で戦う羽目に)

 

幸村に突っ込む三十郎

小物に構うな

行くぞ

 

(真田隊を無視して進む幸村)

 

その中を幸村は家康の入る本陣へと

真っ直ぐ突き進む

 

目指すは家康の首

ただ一つ~!!

 

真田がこちらに向かっております!

早くお逃げくだされ

 

(家康の本陣に突っ込む幸村隊)

 

家康の馬印が倒されたのは

三方ヶ原の戦い以来だった

(ナレーション)

戦況は圧倒的に豊臣に有利であった

(ナレーション)

 

春房隊は秀忠の陣に突入

 

(家康は逃げた)

もうよいここまでじゃ

わしは腹を切る

もうよい

死なせてくれ

(潔いな狸)

 

豊臣軍の圧勝かと思われた

この小さな行動が歴史を変えた

(ナレーション)

 

豊臣の馬印が大坂城へと戻っていく

 

牢人たちが秀頼が逃げ帰ったと思ったのである

さらに不運は重なる

(ナレーション)

 

(与左衛門が大坂城に火を放つ)

 

大御所様、城中より煙が上がっています

 

この最後の戦国武将は

戦の流れが変わることを知っていた

そしてそれを逃さなかった

(ナレーション)

 

陣を立て直せ~!!

 

徳川軍の反撃が始まった

 

我らも行くぞ~!!

 

秀頼公はまだか?

秀頼公は

 

寝返ったのは与左衛門の方でございます

(ここでやっと幸村の疑いが晴れる)

 

直ちにご出馬を

あい分かった

 

太閤殿下の馬印が戻ったので

負け戦と思って雑兵共がもどってきております

真田勢も毛利税も苦戦しております

どうやら流れが変わったようです

 

 

明石隊は撤退を余儀なくされる

(ナレーション)

 

 (作兵衛は幸村の身代わりになって

逃げる時間を稼ぐ)

 

(秀頼は出陣できない)

これより討って出る

わたしとて太閤の息子じゃ

おめおめと城の中で

腹を切るのは真っ平御免じゃ

 

城から出ることはならぬ

死んではならぬ

 

死ねとはいっておらぬ

生き延びよ

望みを捨てなかったものだけに道は開けるのです

恐れることはありません

淀殿に止められ

泣き出す秀頼)

 

(城内が危なくなったので避難したきりと千姫一行)

千姫様

急いで!

あなたに

大坂城のすべてがかかっているんです

 

大阪城内に敵が侵入)

 

(内記と大助も敵を迎え討つ)

 

(大助は秀頼の元へ向かった

内記も死んでしまったか

昌幸の位牌を持ってた)

 

(作兵衛生きてたか)

すえ

ごめん・・

(みんな死んじゃうな)

 

きりは千姫を逃した

源次郎様・・

 

(家康の本陣に向かう幸村)

うわ~!!

 

何じゃ?

真田でございます

 

またか

 

あれは左衛門佐

 

(馬上筒家康に当たらず)

 

手を出すな!

 

殺したいなら殺すがよい!

されどわしを殺したところで何も変わらぬ

徳川の世はすでに盤石

戦で雌雄を決する余は終わった

お主のような戦でしか

生きられぬものに出番はない

 

そのようなことは百も承知!

わたしはお前を打ち倒さなければならん

先に死んでいった愛する者のために

 

(幸村、先に鉄砲で撃たれた)

 

父上

お助けに参りました~!

(秀忠隊が助けに来た)

遅い!

 

真田左衛門佐ここまでじゃ

 

佐助!

(またも煙に巻いて脱出した)

 

 (伊達政宗は幸村の戦いを見ていた)

見事な戦いぶりよ

 

上杉景勝も)

 

戦は終わり申した、戻りましょう

直江兼続に促される景勝)

源次郎さらばじゃ

 

ほうですか大坂城

すべては夢のまた夢

さあ、飲んでちょ~

(且元にお茶を出す寧)

 

(疲れ果てお寺で休んでいる幸村)

 

豊臣方か?

 

真田左衛門佐幸村

(名乗りを上げ敵を倒す幸村)

 

ここまでのようだな

 

(最期は佐助と一緒か)

長い間よう仕えてくれた

いくつになった?

 

55でございます

 

疲れたか?

 

全身が痛うございます

 

だろうな

 

六文銭を地面に置く幸村)

 

(燃える大阪城天守閣)

 

(家康のもとにたどり着いた千姫)

おお千!

よう戻った~!!

 

 

毛利勝永

 

 

すえ

 

(空を見上げ愛するものに思いを巡らす幸村)

 

(佐助が介錯の準備をする)

 

 (切腹か)

 

(戦のシーン終わった

本多正信と一緒に信之がいる)

 

これより我が領地、玉縄でござる

ゆっくりお休みください

 

 ずいぶん農民に慕われているようですね

 

生かさず殺さず年貢はしっかり取る

これでござりまするよ

 

国造りの基本を教わりました

 

殿、大阪より危急の知らせでございます!

御免

 

(信之の 懐の六文銭が鳴った)

参るぞ

 

これより7年後、真田信之松代藩10万国の祖となった

徳川の世を倒した天才兵学者佐久間象山が現れるのは、まだ先の話

(ちょっと違うかも)

 

終わり

 

 

まとめ

 今週で最終回だと思うと寂しい気もしますが、資料の乏しい主人公の物語を三谷幸喜が、描いたのは苦労も多かったのではないかと思います。

大阪の陣、最終日の資料は、現在も沢山現存しているので、ほぼ史実をそのまま描いた回だったような気もします。

今週はナレーションが多かったので、凄惨なシーンが多かった割に、さーっと進んでいきましたな。

やはり最終回も「信繁が見なかったものは描かない」というコンセプトは、最終回まで徹底されていましたね。

秀頼と淀殿の最期は、とくに何もなかったしね。

 「おかしなことを言います、わたくしはそなたと同じ日に死ぬのです」というセリフは思い出しましたけど。

 豊臣の旗印の千成瓢箪が、城に引き上げていくのを見て、牢人たちが負け戦と勘違いしなかったら、戦の流れが変わらず、大阪の陣は豊臣方が勝っていただろうというのは、諸説あるので、よく分からんけどな。

家康の本陣に迫って、幸村が馬上筒を撃つまでセリフ多すぎとか思っちゃった。

しかも当たらないし。

無言で馬を止めず、槍でそのまま家康に突っ込んでいったら、首は取れたんじゃねーのとかテレビに向かって、ツッコんでた人が多かったんじゃないかな。

もし家康を討っても 徳川の世は変わらなかっただろうけどね。

 

 

 

1年間、稚拙な本ブログにお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

来年の大河ドラマは取り上げるのかは未定です。

 

 

総集編

12月30日放送

 

 

参考記事

headlines.yahoo.co.jp

 

zasshi.news.yahoo.co.jp

zasshi.news.yahoo.co.jp

 

 それでは、良いお年を。

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